第590話 幽鬼 ②

 ボルネフェルトは死者である。

 どう取り繕うと、死者が蠢き罪業の山を築いた。

 推測すれば、だが。

 呪術を極めようと死霊呪術師として研鑽しようとも、彼が神格を得る事は不可能であった。

 死者は死者なのだ。

 だが、それを受け入れ自滅を選んだ訳では無いと思う。

 呪縛を受けた者の最後の抵抗であり、神の慈悲を得る唯一の道だったから。

 確証は無い。

 本人に聞くには、支払いが必要だ。

 誰に殺されたのか?

 誰に使役されていたのか?

 原因は何だ?

 その罪のあきらかにするだけの、対価が私には無い。

 私の魂は、既に宮の主の手にあるからだ。

 けれどその言動の多くが正直に伝えてくる。

 生きている事の幸いを。


 君はまだ、生きてあがき苦しむ事ができるのだ、と。


 そんな死したる者であるボルネフェルトにも、死霊呪術師、つまり呪術師としての栄達の願いはあった。

 死んだ後の願い。

 不完全な死による、長い死に際の夢であろうか。

 彼のこだわりはグリモアの意思でもあるが、彼自身の魂の考えも含まれている。

 死霊術師より格高く呪術師としての栄達、つまり神格を得た存在になる事か。


『不死者の王、不死の王、呼び方は色々あるが、いずれも死霊術を極めた呪術師が死して霊体となり、神格を得て再物質化した存在を言うんだ。

 死んで位階が神になった、まぁ滅多にお目にかかれる訳もない相手という事だ。

 グリモアに名を聞いては駄目だよ。

 与えられた時だけ知る事ができる。

 知るには時が必要だし、何れ名を知る事になるだろう。

 けれど、今の君が語らう事のできる存在ではない。

 たとえ君なら呼べるとしてもだ。

 死者の王に御目文字叶うとは、死ぬ定めを早める事になる。

 もちろん死神などという人間が考える魔物ではない。

 死の理を描く事ができる神だ。

 古くは運命神や水の神などと同一とされている。

 存在はすでに、生き物ではなく神なのだ。』


 興奮した口調が頭の隅で流れていく。

 目の前では、無邪気な波動と強力な力が脈打ち広がり続けていた。

 人が使う力ではない為か、捉えるのが難しい。


 不死の王が、この地に?


 不死の王の定義を深く思い出そうとするが、動き出した世界がそれを許さない。

 緻密な死霊術が、絹を織るように広がり始めた。

 だが、誰も気が付かない。

 見えないのだ。


「何だ、これは?」


 あぁ、同調を得たカーンは見える。


「死霊術が展開しています。召喚と同時に何か術を奔らせています」

「そろそろお出ましになるようだ。準備、配置につけ」


 兵士達は、動けるように身構えた。

 私はカーンにすくい上げ抱えられる。


「邪魔にならぬように、下ろしてください」

「何処から来るか、教えろ。何が起きているかもな」


 ここで、心の隅に浮かんだ事がある。

 呼び出されたモノが幽鬼の類であったなら、彼らの攻撃は通じるのだろうか?と。

 疑問を与える事は、弱点にもなる。

 大きく息を吐くと術の青い流れに目をあてた。

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