第305話 幕間 夜明けの月

 (眠りは死と似ている)


 起き抜けの鈍った思考が空転する。

 宿舎の天井を見たまま、カーンは大きく息を吐いた。

 肉体に不備は無い。

 血を巡らせ、大きく伸びをして少しだけ身体を伸ばす。

 ぶるりと身を捩り起きあがると、やっと思考の歯車が噛み合う。

 

(窓の外は、まだ暗い)


 中央の十二の組織のひとつ、保安部施設に入ってから、既に十日以上過ぎていた。

 三食ついて、待遇に文句は無いが、いい加減飽きていた。

 細々とした書類仕事も無くなった。

 鍛錬もしているが、ともかく暇である。

 なぜなら、査問会まで外出ができない。

 娯楽皆無で、日々鍛錬。

 苦行を喜ぶ性格でもなし、禁欲生活は拷問だ。

 コンスタンツェ殿下からの拷問も厭だが、軟禁も苦痛だ。

 休暇中なのに、解脱して急に聖人になってしまうかもしれない。

 等と、愚痴とも冗談ともいえない無駄口が漏れるほどだ。


 保安部の宿泊施設は、王都の外殻にある。

 一番外側の城壁、外殻は城壁であるが内部に様々な空間を設けた施設だ。

 その大きな外壁が卵の一番外側の殻である。

 そこを通過するだけで一日だ。

 そして次の内殻までは緩衝地帯がとられている。

 一見すると森だ。

 ここが城壁内であるとはわからないほどの広大な森。

 更に次の内殻をすぎると、国の施設が立ち並ぶ場所になる。

 だが、ここもまだ、王都の中ではない。

 森に川に放牧された家禽、農作業なども行われている。

 そうして三番目の内殻を過ぎてから、やっと王都になるのだ。

 この巨大な三重の殻が王都の殻と呼ばれる城壁で、保安部は王城寄りの軍事施設に並ぶ場所にある。

 緑豊かで人里から隔絶しているので、証人や参考人を隔離しておくのに適していた。

 本来の目的は、傷痍軍人などの機能回復や再訓練が必要な人員の訓練施設も兼ねている。

 保安部、憲兵隊の育成所でもあった。

 広大な敷地内で、狩りもできれば自給自足の農耕地もあった。

 だが、何れも民の物ではない。

 人家は無く、隔離施設である。

 利用しているのは、教育が必要な人員か、カーン達のような待機者だ。


(サーレルへの伝言は、行き違いになっていないだろうか)


 村の子供を預け、そこでオリヴィアと分かれた後に伝言が届いた場合、改めて彼女を探す事になる。

 と、考えて彼は急に不確かで奇妙な感情を覚えた。

 呪いの効果かと、カーンは微かに笑う。

 だが、それで奇妙な感覚が落ち着くことはなかった。

 彼は片手で笑顔を擦り消すと、寝台に座った。

 感情を切り分け、整理する。


(ボルネフェルトは行動を読めるような人殺しではない。

 その手口は独特で、精神支配から自滅、肉体の支配をするという怪しげな代物だった。

 その目的が何であるのか、単に殺すだけを喜びとしてるのかは不明。

 だから、なにかされる前に殺す。

 それだけで片がつくと考えていた自分は道化だ。

 ジェレマイアが言う通り、多くの取りこぼしをしている。

 この落ち着かぬ気持ちは、その何かを見落としているか、忘れているからだ。)


 結論を出したが、解決はしない。

 消化不良で苛ついただけだ。

 と、カーンは再び枕に頭を戻した。 

 それでも彼は無自覚に、忘却呪いに抵抗できるようになっていた。

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