第306話 幕間 夜明けの月 ②
忘れている?
ここは再教育施設といったが、矯正教育ではない。
矯正などという手間暇をかける前に、処分されるのが常である。中央軍では、躾けられない犬は死ぬのだ。
故に今現在、この施設を利用しているのは傷痍軍人である。
広めの会議室から眺める景色は、訓練教官に扱かれる初々しさの欠片もない兵士の姿だ。
多くが義足義手などを馴染ませ、寝付いた身体をもとに戻す訓練だ。
日常の生活に戻るのか、さらなる戦いを望むのか。そこは各自の考え方次第。ここはその前段階の者を訓練している。
使い捨てのように思われがちだが、昔の獣人奴隷軍とは違うのだ。
カーンは窓際から離れ、机の上の紙束を手に取った。
内容は、東マレイラ駐屯地域の情報である。
軟禁状態で遊ばせておくほど、統括は甘くない。
まぁいつものことだ。
その紙束は、マレイラ懸案文書とある。
マレイラにおける治安維持駐屯活動報告。
駐留軍が把握している東マレイラの事件事故をまとめた報告書だ。
何かを具体的に指示されたわけではない。
だが、統括がわざわざ寄越したものだ。
読んで終わりという事はないだろう。
黙々と書類に目を通していると、外からひときわ大きな歓声が聞こえた。
ちらりと見れば、部下達が訓練に混じって無茶をしていた。
軟禁が腹立たしかったのか、飽きたのか。
施設の備品がみる間に破壊されていく。
訓練兵を投げ飛ばし余計なちょっかいをかけている。訓練にならん邪魔くさいと、教官役の兵士に追いかけ回されていた。
(楽しそうだ、つーか彼奴等、書類は終わってんのか?)
中々に連携が取れているが、教官役の兵士も彼らに負けず古強者なので相応にやりあえていた。おかげで気持ち良いぐらいに色々壊れていく。
(請求書は統括宛でいいな)
その暴れる様を羨ましげに見てから、カーンは再び書類に目を戻す。
傾向としては、病死の者がここ数年で増えている事。それと海難事故が多い。
死亡原因の一位は、衰弱死とある。
敢えて記載されているのは、その衰弱死の年齢中央値が、成人男子の働き盛りがしめている事だ。
徐々に衰弱とあるが、原因は不明。
死亡原因が自然死以外である事は確かだ。
検死解剖も行われているが、毒、その他の伝染病も推測の域をでていない。
未知の風土病の可能性も指摘されていた。
次に多い死亡原因が、海難事故だ。
海に面したマレイラでは当然ともいえる。
ここ数年の間に潮流の変化があったのか、転覆沈没する漁船事故が起きている。
この為、夜間と単独での漁が禁止。
また東マレイラ航路上の大型船舶事故も起きており、軍からの調査も東マレイラの八貴族と交渉中とあった。
東マレイラは、筆頭の三大貴族とそれに従う五貴族の領地だ。
独特の領地領土支配と閉鎖的、人族至上主義の長命種の土地柄である。
複雑な地域情勢は元からだ。
報告書は特記として、治安の悪化が懸念。
マレイラのアッシュガルト港付近で起きた未解決の殺人事件の記録が添付されていた。
カーンは報告書をいったん元に戻した。
その懸案文書のとなりには、別の書類の束がある。
既に目を通した物だ。
中々に楽しい次の職場のお知らせ、国家憲兵隊からの秩序維持報告書だ。
「面倒くせぇなぁ」
カーンはお茶を飲もうと、用意された茶器に手をのばした。
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