第307話 幕間 夜明けの月 ②

 マレイラの景気の方は、漁の事故原因と推察される潮流の変化により漁獲量が減り先細り、とある。

 その為か、人心の乱れと共に治安が悪化していた。

 それにはマレイラ領土軍、つまり地元民兵の乱行も含まれている。

 

(憲兵隊の報告が無くとも、今現在、駐留している第八は、クソの役にもたっていない。

 国軍が抑止力を失うとは、怠慢無能と謗られても致し方ない。)


 だがこの結果に関しては、南領東部貴族派以外の現実が見えている軍閥は最初から理解していた。


(道理を通す事ができれば、寛恕を請う事もできただろうに。これが救済策であったと気がつけなかったか。)


 彼らが凋落するのを憐れむ気持ちは、カーンには欠片もない。

 尻拭いをするつもりは無いが、統括の意図を考えると面倒事がマレイラで待っているのは明白だ。

 マレイラの現在の領主や権力層の名簿に目を通す。

 東貴族の氏族や関係の資料を読み込んでいると、サーレルからの連絡が届いた。

 正確には、サーレルの使っている元老院の密偵からの連絡だ。

 アイヒベルガーの内紛に巻き込まれたとある。

 中々に面白い事になっているようだが、問題は、彼らが足止めになるとカーン達の滞在が更に伸びるということだ。

 密偵からもたらされた手紙には、侯爵の家族関係と内紛の模様が細かく記されていた。

 内容は兎も角、貴族の氏族内の闘争は珍しくもない。

 ただ、読み進めるうちに妙な言葉が混じりだし、カーンは眉をひそめた。


 呪い?


 つい先日、彼らは呪われていると言われたばかりだ。

 奇妙な心持ちで読み進めると、毒の分析を統括宛に送ったとある。

 領地采配については、ある程度の自治権を認めている。

 事がお家騒動であっても小規模であるなら、国からの仲裁も手出しも滅多に無い。

 ただ、未知の毒となれば、軍部も関心を寄せる。


(たかだか、子供を預ける話がどうしてこうなる?)


 揉め事のニオイを、サーレルが嗅ぎ取ったからというところだろう。

 カーンは頭を振ると返信をしたためた。

 査問委員会の動向と審判官からの申し出。

 オリヴィアを含めての早めの帰還を書き連ねる。

 それを使いの男に渡した。


 それからは単調な日々だ。

 平坦で穏やか。

 滅多に無い事である。

 月の満ち欠けを見ながら、カーンは日増しに眠れなくなっていくのを除けばだが。

 心が勝手に落ち着きを無くし、奇妙な気配で深夜に目が覚める。

 夢を見ない死のような眠りの中で、彼は不意に揺り起こされるのだ。


 すると目の前には、狩人の娘がいる。

 目を閉じて、その姿は横たわっていた。

 相変わらず真面目くさった子供が、目の前で臥している。

 カーンは、彼女が死んでいると思った。

 膝をついて、彼女の首筋に指をあてる。

 冷たい皮膚に動きは無い。

 彼はどこかに傷はないかと目をはしらせる。

 すると見る間に、彼女の姿が朧げになった。

 身体に茨が巻き付いて、すっと床に沈み込む。

 どれほどの時、彼は床を見ていたのか。

 月光の帯が床を照らす。

 カーンは寝室で立ち尽くす。


(夢を見た?)


 だが、夢を見るには寝なければならない。

 カーンは夢を見たのか?

 自分を誤魔化すのは難しい。


「呪い、か」

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