第308話 幕間 暁の棘
急使は暁に訪れた。
北部貴族アイヒベルガー壊滅の知らせである。
小領地が内紛にて壊滅したところで、首都で騒ぎになる事は無い。
だが、アイヒベルガーは大公家の外戚であり、使徒の家系以外で一番公王の血に近い。
更に、絶滅領域出現前兆に同等との報告がもたらされる。
つまり腐土と同様の異変ありの知らせだ。
大規模な兵の放出は控えられたが、一大隊が即座にトゥーラアモンに送られる事となった。
一大隊は百五十の騎兵と補給込みの五百編成で、オーダロンから送り出される。
手筈は統括長自らが執り行った為に、急使からわずか半日での出兵であった。
その半日の間にも、次々と常識外の事象出現との報告が続く。
それも出陣が整う前に途絶えると、神殿から後発隊として神殿兵の放出が決定された。
先発隊はひとまず送り出され、第二陣として神殿兵が続く事になる。
つまり、対人戦争で出兵しない神殿兵力が大規模に人を出すという異常な状況であった。
首都の本神殿には、神殿兵という神官兵士が置かれている。
本来は神官や巫女の護衛兵であり、首都兵力には換算しない。
戦争に神殿兵士を用いないのは、慣例ではなく法として定められていた。
それが兵士に続き出兵する。
王都住民もすわ天変地異かとの噂が広まった。
その住民への神殿からの説明が、災害による北部への救済活動と発表がされたのは皮肉としかいいようがない。
確かに腐土と同じ超常の事であれば、災害である。
だが、査問まちのカーン達は、この出兵騒ぎから外されていた。
サーレルからの報告も途絶しており、皆、なんとも落ち着かぬ気持ちを味わっていた。
***
「よう、死体を焼きに行こうぜ」
顔を見せるなりの、この挨拶である。
「査問待ちで禁足なのは知ってんだろう」
カーンの答えにジェレマイアは鼻で笑った。
「禁足ねぇ。
ボルネフェルトが死んだのに、腐れた場所が広がるようなら、査問なんて無駄なんだよ。
考え方を変えねぇと、生き残れねぇってわかってるだろ。」
無言のカーンに、彼は続けた。
「それにどっちにしろ、呪い憑き全員が揃わなきゃ茶番ができねぇんだろ?
迎えに行って確かめるのは当たり前だ。とっとと仲間を呼んで支度しな。」
神殿兵とは、神兵と呼ばれる神官兵士の事だ。
この為、彼らは熱心な信徒であり神事にも通じている。
装備は剣などの刃物より槌矛など戦棍を使用し、外套意匠は、神聖教の神の文字が記されていた。
無骨な装備を隠す外套は白と青。
埃まみれの行軍には向かない色合いだ。
儀式向きの神殿兵の集団に交じる黒馬の兵士は、ジェレマイアを囲むように馬を並走させていた。
彼らカーンと仲間たちは、再び、辿った道を戻っている。
軟禁状態よりはよほど気が晴れるらしく、イグナシオ以外は元気が良い。
そのイグナシオは、既に今から憎々しげな気配を醸し出し、向かう群青色の空を睨んでいる。
寒々しい北の空に冬の雷雲。
祭司長の身柄の安全をはかり露払いをせよ。との命が、カーン達に正式に下りていた。
あくまでも今回の兵力放出は神殿主体の災害対処の体をとる。故にカーン達は護衛であり、アイヒベルガーへの内政干渉ではない。
まぁそのアイヒベルガーが残っていればだが。
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