第525話 運命の糸車 ⑧

 畑の案山子かかしも、見ようによっては気味が悪いものだ。

 もちろん、実り多き畑にあれば、滑稽にも微笑ましくも見える。

 だが、近くで見た代物は、案山子ではなかった。

 しいて言うなら、墓標の囲いである。


 囲いは、白茶けた棒を十字に荒縄で縛り付け、薄汚れた布切れが巻かれている。

 布はそれぞれ色味が残り、衣服の切れ端のようだ。

 案山子の残骸?

 違うだろう。

 元々、それは衣服の切れ端であって、案山子にするべく着せかけた訳では無い。

 そもそも、それらが突き立っている場所は、畑でもなんでも無い。

 囲む場所には、苗の代わりに、無数の杭が地面から突き出ている。

 土手と赤茶けた地面を切り取るように四角に囲い、中身は無数の杭。

 杭は膝下ほど大きさで、突き立つ地面は小さく盛り上がっている。


「墓地でしょうか」


 何故か傍らの男も、周りの者も答えない。

 凝然ぎょうぜんと眺めいる様は、それまでの気楽な調子とはかけ離れていた。


「何か、知っているのですか?」


 暫しの沈黙の後、ミアが答えた。


「ここに人が出入りしているという報告は受けていません。

 先駆けの手抜かりと言うより、のでしょう」


「どこの犬だ」


「三番か四番、我々ならば見逃す事はありません。

 それに急だと言っても我々がこちらに向かうのは周知されています。

 推論ですが、よろしいでしょうか?」


「続けろ」


「ひとつに、彼らは実際に

 危険だと理解していれば、既に逃げ出した後でしょう。

 ここに居座る理由は、未だにを抱いているからです。

 ふたつ、彼らが理解していたとして、何の利益があるでしょうか?

 我々を始末する事は無理ですし、知られたくない事を態と晒す意味が無い。

 そして最大の理由は、彼らが臆病者だからです。

 非道を行える程の、

 中途半端な者共です。

 以上をもって、彼らは除外で良いかと具申します。

 それに補佐官が、人員の洗い出しをしています。

 工作員がいるのなら、報告は上がっているでしょう。

 今のところ密告者は数名発見されていますが、本国との連絡は現在途絶。

 確実にですので、いたずらに加えられる事は無いでしょう。

 まぁ馬鹿に確実はありませんが。」


 わからないカーンとミアの会話に、私は困惑した。

 その様子がわかったのか、ミアは少し微笑むと言った。


「墓ではありませんよ。

 墓に似たもんで、あんまり頭がよくない連中がするまじないみたいなもんです。

 こういうモノを置くような輩は、あまり質がよろしくない。

 なので、ちょっとばかり時間を取らせてもらいますが、よろしいでしょうか?」


 最後はカーンに向けての問いだ。

 それに男は応と答え、囲いに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る