第526話 運命の糸車 ⑨


 ***


 狭い敷地に小さな盛土。

 草は無く、つるりとした地面が見える。

 それは人が出入りし、踏み固め掃き清めた証拠だ。

 突き出た木切れに、文字がある。

 やはり小さな墓に思えた。

 長命な方々なら、一握の砂になる。

 ただ、小さく粗末な墓標を作るような長命種がいるだろうか?

 土葬したにしては、狭く小さく粗末だ。

 やはり墓ではないのだろうが、その木切れに書かれた文字は、人の没年数と名である。

 墓標であり、墓に似せた呪い?


「城塞の者が訪れたと思うか?」


 没年数は、全て同じだ。

 二十三年前とある。


「常駐が来る事はまず無いだろう。

 奴らは勤勉じゃないからな」


 ミアの問いに、調べていたモルド達が答える。


「団長達とうろついたのが、最後じゃないか?

 もう、六年以上前だ。」


 これは墓ではない。

 木の墓標が、風雨にさらされて何年も形を保てるとは思えない。

 少なくとも突き出た木片に文字は残らないだろう。

 つまり、これは最近の出来事か、手を入れる者がいるという事だ。


「ここは気軽に足を運べる場所にはない。

 いるとすれば、コルテス側、湖沼を抜けて通うか?

 一番近い、コルテス人の集落は、公主の墓の先にあるが」


「アッシュガルト側からだと、城塞から丸見えだ。

 川を使ったとしたら、三公領主館のある関所を通る。」


「確認の為にひとつ、掘り返せ。

 補佐官に記録して提出しろ」


 ミアの指示で、近くの盛り土をひとつ掘る。

 その辺の木切れで地面を抉る。

 すると解れた地面から、小さな素焼きの壺が出た。

 骨壷、にしては小さな壺だ。

 壺は湿気を含んでいたが、土に還る事もなく形を保っている。

 表面に黒い色で目が描かれていた。

 これもまた、何かの呪いであろうか。

 皆が見守る中で、蓋をとる。

 中身は、少量の水と溶けた何か。

 遺骨だったとしても、多分、一部ならば溶けているだろう。

 朽ちてもおかしくない素材でできた壺。

 そもそも木で作られたこれら囲いも、冬を越せる程の代物ではない。

 つまり毎年、誰かしらがここに来ている。

 なんとも、気持ちが悪く、よくないと改めて思う。

 掘り返された場所に刺さっていた杭をよく見る。

 黒く変色していたが読み取る事ができた。

 腐食しにくい木のようだ。


「焼印の文字をいちいち組み替える手間をかけてる割に、雑な仕事だなぁ。」


 モルドと呼ばれた男が、そういいながら杭の文字を読み上げた。


 性別と名前、年齢。

 日付は、二十三年前の春、四巡目七の日とある。


 一巡一ヶ月とは四十六日。

 オルタス共通の暦で、一年は十六巡十六ヶ月

 南とそれ以外の地域では、季節が二つずれる。

 四つで一季節。(注・1)

 東の春が南での秋だ。(注・2)


「この日付に何があったのでしょうか」


 それには誰も答えなかった。


「あの案山子の根本にも何かありそうですね、石が積まれています」

「下を確認したら記録して、元に戻せ。終わったら報告、先に進むぞ」

「了解」


 カーンは告げると踵を返した。

 不意に熱意を失ったかのような振りで。

 それでわかる。 

 あぁなるほど。

 多分、知っている。

 この墓のような代物が何であるかを知っているのだ。

 と、私の考えている事がわかったようで、カーンはずっと無言だ。

 これから向かう沼の方へと歩く。

 微かな共鳴は未だにあり、暗澹とした気持ちが伝わる。


 それまでのお喋りが嘘のように静かだった。





(注・1 春夏秋冬のある中央平原基準)

(注・2 北半球がオリヴィアの村や王都、マレイラ。南半球が西の砂漠、南部領地とざっくり分けていますが、はっきりと季節の移ろいがわかるのは、東半球の中央平原あたり。暦と体感は連動していません。)

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