第524話 運命の糸車 ⑦

 長々とした解説を聞いた後、隣を歩くミアと目があった。

 彼女は、どこか面白そうに、私を見ている。

 私が首を傾げると、彼女はカーンをちらりと見た。


「何だ?」

「失礼しました、団長」


 今度は、私がカーンを見て問うた。


「前にも言いましたけど、旦那より、卿とか団長と呼んだほうがいいかなって」


「なら、俺はお前をなんて呼べば良い?

 仮だろうが何でだろうが、お前を実質のとしたのは、神殿の一番偉い場所にいる奴らだ。

 そうなると臣民の俺は、もどきだろうと神使えに頭を垂れる事になる。」


「どうしてですか?」


「俺がどんな信仰をもっていたとしても、中央軍は公王の元に集う軍隊だ。

 そして公王は、神聖教を国教とし、その信徒である。

 王が頭を垂れる神に、臣下の俺が頭を垂れない訳にはいかない。

 まぁ上司が敬う神に、建前でも頭を下げるってわけだ。」


「ジェレマイア様が言っていましたね」


「あぁあれか。

 神殿の神使えは、軍人を顎で使えるって奴だな。

 お前の足代わりに俺がここにいるのも、その流れだ。

 まぁ当然だが、お前は俺の部下じゃない。

 それにお前は俺の領民でもないってのもある。

 だから普通の礼儀でいいのさ、旦那呼びで結構だ。

 屁理屈抜きでも、付き合いも長くなった。

 お友達って訳じゃぁねぇが、つらも見慣れたんだ。

 前にも言ったろう、ウルでいいと」


「それは恐れ多いですよ。

 これでも時々、礼儀を忘れた態度の自覚はあるんですよ。

 色々と許されている事も知っています。

 でも、それは旦那が優しいからです。」


「聞いたか?」


 それに傍らのミアが、小さく笑う。


「記録しておけよ。次に頭をかち割る奴にも伝えなきゃならん。」


「嫌味でも冗談でも無いです。

 これでもちゃんと知ってるんですよ。

 旦那は貴族で爵位と領地を持ってる。

 兵隊の偉い人で、本当は直答も許されないって。

 慣れ親しんだと言っても、御高名を呼び捨てる愚か者にはなりたくありません。

 仰ぎ見る方々を不快にさせます」


「相変わらず、真面目だなぁ。

 その偉い人である俺様は、お前と雑魚寝も一緒で同じく馬臭くなっている。

 乾燥肉も分け合ってるし、毒見も俺がしてる気がするぞ?

 時々、お前に叱られてる気もするんだが、それはいいのか?」


 そんなくだらないお喋りが途切れる。

 対岸から見えた土手へと登りきったのだ。

 急な斜面を登ると景色が変わる。


 泥の湿地を抜け川沿いを歩いてきた。

 そして今、目の前にあるのは沼だ。

 視界いっぱいの沼は、水が湧き、水草を揺らしている。

 歩道は、その沼をうねりながら横切り、暗い木々の奥へと続いていた。

 水面からのもやに、林の奥はおぼろである。

 そしての林の背景は、青い峰が遥かに続く。

 あれがコルテスの鉱山であろうか?

 そうして目を戻せば、美しい湖沼の手前。


「モルド、二人を連れて調べろ」


 ミアが背の高い男に指示を出す。

 それを受けて男は他に二人を募ると、赤茶けた土に踏み出した。

 沼地の縁にある赤茶けたくぼみ。

 北から風が吹き抜ける。


 これはよくないモノだ。


 近くで見て、それは確信になった。

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