第847話 モルソバーンにて 其の二 ②

 湿った室内は薄暗い。

 窓の外も雨に煙っており、暗い話題に陰鬱さが増して見える。

 それでも暖炉には薪が焚べられ、室内は温かさを保っていた。


「事故の原因は調べたがわからない。

 等とふざけた事を言っていますね。

 とても面白い冗談です。

 今、一族郎党すべてを招集しています。

 誰がのうのうと顔を見せ、喋るのか楽しみです。」


 今更審議をする必要もない話だ。

 公爵の知る護衛も死んだり、解雇の後に行方知れずのようだ。

 館の使用人も少数を除き、古い者は残っていない。

 解雇の後に、やはり行方知れずと、公爵を出迎えた何某かが言ったようだ。

 その何某かはコルテス人を名乗る、不審者らしい。

 さすがに縁戚のアーべラインは名乗れなかったようだ。

 公爵が腹心の親族を把握していない訳もない。


「私を見て狼狽えた様は、なかなかに滑稽でしたね。

 まぁ名も知らぬ小物でしょうし、その場で処刑しても問題は無いでしょう。

 えぇ、何を語ったとしても、害獣の言葉はわかりませんし」


 それから公爵は、にこやかに、すべて駆除すればよいですよね?

 と、同意を求めてきた。


 何故、私に?

 どういう顔をすればよいのかもわからないのだが。


「問題は、犯人が誰か?という事です。

 目的も知りたいですね。

 ですが困ったことに、本人の意識が戻らない」


 私は当然の疑問を伝えた。


「彼が殺されなかった理由ですか?

 あぁ、それは、私を直接殺さなかった理由と同じなんですよ。

 姫は、国璽管理大系というのをご存知でしょうか?」


 私に倣うように、テトも膝の上で首を傾げた。


「マレイラが分離独立を主張しても実現しない原因の一つ。

 現在も中央と繋がらねばならない理由が、この国璽管理大系という仕組みですね」


 ***


 このオルタスで利用されるすべての公文書には、国璽管理大系という仕組みが使われている。

 偽造防止の処置だ。


「身近な物で言えば、通行手形ですね。

 庶民の物は焼印や手形ですが、それ以上の身分の者が使う手形に、この技術が使われています。

 偽造防止、身分詐称の防止の技術です。

 この中央王国政府が独占している技術を、公王(家)法(規範・判定用)具。

 略して公王法具と呼びます。」


 真偽の箱の事だろう。


「そうして公文書は、国璽と同じ技術の公王法具が使われます。

 公文書は、この公王法具と呼ばれる道具で署名をしない限り、効力を発揮しません。

 その公王法具は、登録された本人以外使用する事ができません。

 その署名印は、通称・双頭印と呼ばれる公王法具ですね。」


 眠るアーべライン。

 私達はその側の椅子に腰掛けている。

 カーン達は、ちょっとした齟齬を埋める作業に忙しく。

 護衛にはザムとモルドが立っていた。


 館の制圧が完了するまで、私は公爵の言葉に耳を傾けていた。

 その内容をカーンは知っているようだ。

 だが、私がどう答えるかを彼は指示しなかった。


「双頭印は、王国貴族と行政に携わる者や、領地運営をする者に与えられるのです。

 双頭印は、本人にしか使えない。

 その本人を謀殺し奪うと、双頭印が破損する。

 実は、権力の委譲をする場合、国にはこの双頭印を一度返却しなければなりません。

 前使用者の双頭印が破損している場合は、中央からの厳しい詮議が行われます。

 また、双頭印は特殊な道具で、使用者の死の状況を記録するのですよ。

 偽の犯人を差し出しても、死体を差し出しても、疑わしき全ては一律断罪されるのです。」


 公爵はそこまで語ると、愉快そうな顔をした。


「事故の為に、その責務を果たせない。

 と、届け出れば通常は、詮議の役人が来て記録をとり、権利委譲の届け出をする。

 事故ならば、この状態のアーべラインから双頭印の持ち主の変更も容易い。

 だが、彼の指にはそれが無い。」


 掛物の上に置かれた両手に、それらしき装具はひとつもなかった。


「ちなみに、私の双頭印は指輪型ではありません。」


 ついでに公爵の指を見た私に、彼は普通に微笑んだ。


「まぁ内緒ですが、きちんと装備していますよ。私のことも自然死にしたかったのでしょうね」

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