第848話 モルソバーンにて 其の二 ③
真偽の箱と同じく、見たことも無い技術が地方貴族の末端までを支配しているという訳だ。
その技術によって身分が保証され、それを失えばオルタスでの自治権や権利そのものを失うという事か。
技術的に再現ができないという絶対的な優位性が、支配を根底から支えている。
現状の王国支配の骨格そのものなのだろう。
その技術への信頼は、同時に民族独立などを阻む要因にもなる。
人は一度でも恩恵に与れば、その利便性を手放すのは容易ではない。
当主を謀殺するのを躊躇う抑止力、継嗣の身分の正当性、そして支配地での法規の実現力。
公王が与える正しさ、公平である保証がそれだ。
この双頭印がある限り、公爵もアーべラインも、確実に自然死か事故、自殺でなければ、次に与えられる権力の座は、誰が座るかも不明になる。
実に公王支配は人の嫌な部分を押さえている。
連座を適用し、疑わしきは裁くのだ。
疑わしきは罰せぬ、等という公平さは無い。
ここは王が君臨する国だからだ。
これにより同じく支配者である公爵不在の間は、代理が何をしても定まらぬ。
故に、公爵の手足たるアーべラインが意識を失ってからの、街の運営も滞っていることだろう。
呪術的な報復以外にも、こうした現実的な理由があったわけだ。
公爵の餓死を願って塔に閉じ込めた後に、彼の体から双頭印を回収するつもりだったのだろうか。
結局、この双頭印のおかげで、コルテスは誰が殺されようとも、停滞のみで破綻までには至らなかった。
このアーべラインの始末も、相手方の強欲さ故に持ちこたえているという訳だ。
「私としては、アーべラインと話をしたいのです。
彼がこのような状態になったのは一年前という話。
私よりはずっと状況を理解しているでしょう。
どうして昏睡しているのか不明ですが、致命になる傷は無い。
毒は使われていないでしょう。
今となっては、彼の指から双頭印が抜け落ちていますが、彼自身が対策したのでしょう。
記録されるだろう状況のままのはずです。
相手方も彼の体から法具を取り除いてはいないでしょう。
すればそれも記録として残ってしまいますし、法具を遺棄する行為はどのみち、死を賜るだけです。
と、すれば私と同じく形を変えているでしょう。
あぁ、どこにあるかは、内緒ですよ。
こればかりはね、知っても良いことは何もありません。」
不穏な雰囲気に、私は素直に頷いた。
「ここにお呼びしたのは、お願いがあったからです。
お願いに関しては、貴女の騎士に先にお話をしています。
だから、お断りしていただいても大丈夫。
私も、十分、無理を願っている事は承知していますからね。」
何を願われるにしても、アーべラインの事だろう。
その彼を見る。
「そうです、彼の事です。
姫は、念話を使って会話をなさる。
それも任意の相手のみに向けての会話です。
念話を使えるのは、東の高僧か特殊な能力をもった審問者や審判者でしょう。
神に仕える方々でも、ほんの一握りです。
えぇ、そんな不安そうな顔をなさらないでください。
これは私からの身勝手なお願い、姫が不安に思うような話ではありません。
彼の魂が、ここにあるかを念話をもって、語りかけ確かめてほしいとの願いなのです」
公爵は少し眼差しを下げた。
それは私へと頭をたれたかのような仕草だった。
神殿の巫女への願いは、依頼ともなれば面倒な手配が必要になる。
故の礼だ。
問題は、私が似非の身であり、この力は念話ではない事だ。
異形の神が求めるが定めの力である。
この力は、災厄を広げる為のもの、呪いである。
等と、返答する訳にもいかず。
何となく、バットルーガンの顔が思い浮かぶ。
できない事は、できない。
と、潔く認めたほうがいいのだ。
私はテトを膝から下ろすと、アーべラインの寝台に近寄った。
念話はできない。
ならば、何ができるんだ?
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