第785話 孤独の岸辺(下)⑧
未亡人、サーレルの母親は幸いにも今も健在だそうだ。
南領のカーンの領地のひとつで再婚し暮らしている。
再婚相手も、今度は真っ当な人物だったらしく、サーレルに似た弟妹がいるそうだ。
帰郷すると長兄らしく世話を焼いているらしい。
そんな話をしながら、昼まで書類を作り続けた。
***
テトに鶏肉を食べさせていると、手紙の返書が来た。
手紙にしたのは、私が願ったことを周囲に知られたくなかったのもある。
相手が望んだという体裁が重要だ。
私なりの小細工である。
一通り目を通してから、カーンに渡す。
ニルダヌスの今後についての回答だ。
「まぁ俺としては、お前は真正面からカーザに直談判するのかと思ったよ。」
残されるビミンが心配でした。
私が去る前に確実な形、答えを手にしたかったのです。
ビミンにとっては、望まぬお節介だったでしょう。
きっと怒るでしょうね。
「どうしてだ?
お前は彼らの行く末を案じ、手紙を書いただけだ。
あの孫ならお前に感謝するだろうし、ニルダヌスは元より死ぬ覚悟だ。
彼らに選択肢は無い。
もう終わりだと思っていたはずだ。
十分だろ。
俺からすれば、お前が言う通りお節介に過ぎる。
まぁ直接お前が何かをしないだけ、今回は良い方だがな」
そうでしょうか?
私は、公爵にニルダヌスを売った。
彼を奴隷として買い上げてほしいと頼んだのだ。
余計な口出しである。
けれど一度、獣人の社会から彼を離すべきだと思った。
残せば良くない事がおきる。
ビミンにこれ以上、苦しみを与えたくない。
彼女の平穏な日々は戻ってこない。
ならば彼女が彼女として生きていける、息ができるようにしたい。
偉そうな事を考えるが、実際の手段は褒められたものではない。
保護ではない。
奴隷にしてほしいと他人が願うのだ。
ビミンの為に生きてほしい。
それも私の自己満足のためである。
そうしてひねり出した小細工、である。
罪は問われないだろうが、処刑される可能性がある。
ならば罪人として、犯罪奴隷として公爵に売り払う。
人族優位主義の土地の貴族に売るのだ。
ある程度の憎しみは軽減できる。
それに公爵ならば、カーザもバットも口出しできない。
「そりゃぁ公爵が生きていたんだ。
ご機嫌をとるのに一生懸命だろうさ」
一度、聞いておきたいのですが。
「大凡お前が想像している事であっている。
嘘つき二人は直接何もしちゃいねぇし、わざとでもない。
公爵が生きたまま腐る事に加担しているつもりはなかった。
だから彼奴等の首は胴体と繋がっているし、俺はここからいなくなるって訳だ。
これで終わりだ。
で、どうしてコルテス公爵に売るとした?」
他の人でうまくいくでしょうか?
獣人では、良い結末にはならない。
良い結末、ビミンが苦しまぬ事です。
まず、獣人以外の人物で、奴隷となれば辛いだろうと想像できる相手でなければなりません。
死を望む者達が躊躇し、ニルダヌスの境遇を死よりも辛かろうと想像する相手。
その上で口出しができない身分となれば、長命な方々だ。
今、この場所にいる人族主義者と標榜する方はコルテス公爵様だけです。
誰も彼が望めば許すでしょう。
そしてあの方ならば、きっと私の願いを分かってくださるでしょう。
「確かにな」
助命の手段は他にもあるでしょう。
時間が無かったとはいえ、強引な手段でした。
きっとビミンは悲しむでしょう。
お祖父さんが奴隷になったと知れば、原因の私を恨むでしょうね。
「そう考えちまうのが、お前だよな」
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