第110話 幕間 微睡み
領主を失い、招き入れた客が死んだ。
その上、その客は逆賊であり追手がかかる輩である。
事は大きく、何がどう彼らの身に降りかかるのか、暮らしはどうなるのかと不安なのだ。
実際、彼らの暮らしは変わらないだろう。と、カーンは考える。
娘にも言ったが、中央のお偉い者達が気にするのは、叛意と金の流れだ。
たとえ国の秘事が知れたとしてもだ。
そして秘事だからこそ、辺境伯の一族も領民も、殺す必要はないのである。
人は、後ろめたい事の一つや二つなければ裏切るものだ。
自分が正しいと信じている者こそ、裏切るのだ。
そして領地替えするより、今暮らす者を使うのが妥当。
生かさず殺さず、それが良き支配者の考え方だ。
不本意ながらも支配者の立場である彼の考え方は、大凡の貴族階級の論理に同じだ。
決して下々が考える、善き者が上に立つわけではないのだ。
だからカーンも、彼らを安心させる言葉は告げない。
年寄り達も、結局それ以上何も口に出さなかった。
やはり年季の入った人間は、物事が良くわかっている。
一々首を狩る度に、何処ぞの村を焼いていては、税を納める人間がいなくなる。自明の理だ。
羊飼いには羊が必要で、一々潰していては食えなくなる。
そしてこの話の肝は、この秘事については別段、口を塞ぐ必要が無いところだ。
中央貴族の内部分裂は、今に始まったことではない。
そして人族大公家内部の血族間の闘争は常である。
千年戦を続ける王国にあって、仲良しこよしの大貴族なぞ早々お目にかかったことなど終ぞ無い。
当たり前の事や真実を誰がどう主張しようと、強い者が生き残り歴史を作るのだ。
狂人の殺戮者をまるで神のように信心する公王血族なぞ、最初からいなかった。
死人に口なしである。
つらつらと考えている内に、カーンは微睡んでいた。
(ホントウニ、ソウオモウ?)
雪の落ちる音で覚醒する。
あれから二晩吹雪は続いた。
仲間と共に雪をかきだし、屋根からおろす。
昼夜無く皆で動いた。
眠り、食い、雪をかく。
細切れの眠りの合間に、娘は目覚めた。
エンリケの見立でも、疲労以外に具合の悪いところは無いという。
娘は暖炉の側で横になり、時々、年寄り達と何か話をしている。
一言二言拾うかぎり、たいした話ではない。
体の具合、腹の具合、お互いに相手の無事を確かめている。
疲れた。と、娘が微笑み。
そうか。と、年寄り達が返す。
単に涙もろいのか、歳の為なのか、皆、一様に沈み泣く。
それに娘が微笑みを浮かべ、大丈夫と言って..
大丈夫?
何が大丈夫なんだ。
と、不意にカーンは思った。
収まりの悪い何かが、頭の後ろで身じろいだ。
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