第857話 モルソバーンにて 其の三 ⑧
どういう事だ?
(ニルダヌスという人間は、人間のままだ。
彼の妻も、闇を這いずり回るような塵にならずにすんだ。
そうだね、君の友達の父親もだ。
まぁ娘も、その母親もだね、理の中で生きている。
この事を覚えておいてね。
救いようのない忌むべき者どもと出会った時。
死んでしまえと思うような相手に出会った時。
君の中で押さえられない憎しみがわきあがったら、思い出してほしい。
罪を問うには、先に許すのだ。
君が悲しみを欠片でも抱けるうちにね。
我らが遊びの仲間にいれるのだ。
神は答えるだろう。
これは神の遊戯だ。
遊びを理解し、人が人へと許しを与えるのだ。
貴方も又、人であるとね。
さすれば、我が神は答えるだろう。
慈悲を必ず与えるであろう。
ってね。
少し難しかったね。)
こういう事、だろうか。
一つに見える災厄も、成り立ちが違うものがふたつある。
人から見れば、どちらも悪い事だから区別がつかない。
けれど、片方は神の思し召しで、もう片方は害悪だけのものだ。
この害悪を鎮める為には、私達の世界に取りこむ必要がある。
この世を支える死の理の中にだ。
同じように見えるもう一つと同じにしなければならない。
見分けるのも難しい。
それに鎮めるには、相応の力と知識が必要になる。
遊び方の法則を考えるしか無いからだ。
(そーいうことぉ〜。
けどね、先にも言ったけど、魔導師達は害虫だ。
許す必要は無い。
許してはならない。
守るべきこの世を壊してしまうからね。
慈悲を与えるは、その災厄に巻き込まれた者達だけだよ。
気持ち悪いしねぇ〜無闇に触っちゃだめだよぅ〜)
暗闇の中に、白い糸が続く。
私とカーンには、その糸の手触りがわかる。
けれど、イグナシオやザムにはわからない。
見れず、触れず。
この世の正しい理である、隠しの守りが働いている。
だから、彼等は闇を通り過ぎる事ができるが、私達にはできない。
飛べると知らなければ、鳥は飛べないのだ。
糸はアーべラインの館裏から、木立へと続く。
ひとつの木に巻き付き、方向を複雑に変えていた。
糸の先は街中に向かっている。
見えるのは歩む四五歩程先までだ。
夜更けともなれば、街に人影もない。
灯りも無く、自警団の者も外へはでないそうだ。
娘の語る怪異によれば、モルソバーンの人々が消えたのは、夜の時間帯だった。
元々、モルソバーンは、昼夜無く石材の加工をしていた。
だから、夜遅くであろうと街に明かりは灯り、店は開き、労働者が行き来をしていた。
夜働くものは朝に帰り、昼間も賑わう。
行商が必ず立ち寄り、石材の商売に商隊が列をなす。
モルソバーンはコルテスの端とはいえ、中々に賑わっていたのだ。
それも人が消え、アーべラインが眠りにつくまでの話である。
始まりは外に出た者、外から来る者が消えた。
不穏な状況が見て取れたので、はじめは賊徒が出たかと討伐が組まれたそうだ。
アーべラインは領土兵と共に、私兵や護衛を使って探索をした。
だが、行方不明の人間は見つからず原因も不明。
そうして不穏な出来事は街に入り込んだ。
煙りのように家から道から、街の至るところで人が消えはじめたのだ。
そこでアーべラインは夜の就労を取りやめて、兵士を街角に配置した。
おかげで街中での事件は止んだが、今度はアーべラインの一族が館から消えるという事に。
アーべラインは、一族を館に集めて護衛で固めた。
原因はわからない。
暫くの平穏は、再び、街に訪れる行商や商隊、狩人が消える事件でうち消える。
状況から、行方知れずよりも賊徒に襲われた様子が伺えた。
だが、死体は見つからず、残骸と成り果てた道具などの痕跡だけだ。
そこでアーべラインは、コルテス領の領都本拠地へと助けを求めた。
これは領土攻撃だ、としてだ。
彼は確信し助けを求め、街の外にて発見された。
彼は息子夫婦と孫と共に外出をし、事故にあった。
外出理由は不明。
護衛も引き連れて関に向かった事から、外部への直接の働きかけをするつもりだったのか、それとも逃亡を試みたのかは、わからない。
戻らぬ主を探しに出た者が、無事に戻ったからこその発覚である。
探しに出た者がいなければ、もしかしたら道端で死んでいたのだろうか?
彼の家族も護衛も、誰一人、見つからなかった。
死体は無い。
多分、死んだろう争いの跡はあった。
彼だけが草地に寝かされ、残っていた。
彼は眠り、そして戻った。
それからは、娘が語るように、街中から兵士も消え、アーべラインの一族もあの有り様である。
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