第856話 モルソバーンにて 其の三 ⑦


 何がいけないのか、理屈を教えよう。


 人は死ぬ定めだ。

 死ぬ定めを逃れようとした女は、化け物になって最後に喰われて終わっただろう?

 死なぬのではない。

 死ねないって奴さ。


 それでも神は慈悲を与えて宮へと招いた。


 必要だからね。


 だが、その招きさえも拒絶すればどうなるだろうか?

 この世を蝕み、神が与える定めを拒むなら、慈悲を与えるのはとても難しい事になる。

 さらなる理屈が必要になるからね。

 元々ある仕組みを壊されたんだ。

 元の流れに戻すのには、お金と時間がかかるのは当然だ。

 まったく、魔導なんぞと余計な事をしてくれる!って訳さ。


 どうして魔導は人の命を弄ぶのか?

 それは生き物の死こそが、理の根幹を支えているからさ。

 命の循環を曲げる事で、この世界を壊す事ができる。

 じゃぁ死ぬってのは、呪術としてはどういう意味になる?


 人は死ぬ。


 呪術としては、人の死は理であり、神へ還す事だ。

 我らが死を慈悲というのは、これが元だね。


 この考え方が、僕は好きだよ。


 死を恐れるのは、当たり前だ。

 けれど存在が消えたとしても、この世に戻ると思えば、少しは悲しさが減ると思わないかい?


 君は自然の生き物が死んで、朽ちていく様を見たことがあるだろう。

 それは他の生き物の糧になり、土に消え、草花を咲かせるだろう。

 争いによって死んだ者だって、その灰も何もかも、この世の大気に混じっていく。

 それは生き物として、この世界の一部だからだ。

 人の正しさや愚かしさ、善や悪という囲いで区別はしないだろう。

 これは、この世界を支える絶対の理だ。


 これを曲げる者こそ、すべての命の敵である。

 神を持ち出さなくてもわかるだろう。

 草木一本、蟻の命だとて、これを曲げてはならぬのだ。

 呪術とは、どのように使われたとて、最後には還すのだ。

 命を還す。


 魔導との違いはわかるだろう?


 彼等は還さない。

 還さず、奪う。

 これが違いだね。

 僕は大嫌いさ。

 君も嫌いだろ?

 盗人で卑怯者って奴さ。


 じゃぁ魔導って、どんなものだろう?)


 この世から奪うモノ?


(この世を蝕む、害虫さ。

 齧られたら葉っぱがなくなっちゃうね。

 新芽が齧られたらどうなるかな?)


 枯れる。


(そうだ。

 答えを得られたグリモアの主に、ひとつ知恵を授けよう。

 魔導と覚しき力は災厄である。

 これは絶対に揺らがぬ理である。

 絶対だ。

 悪ではないかもしれない。

 けれど、我らが譲歩すべきではない意識と在り方だと宣言しよう。

 全くの違う理と交わり、善き結果などは産まれない。

 どちらかが滅びるのではない。

 我らが確実に滅びるだろう。

 我らが弱いのではない。

 性質の問題なのだ。


 害虫が新芽を食べるのは悪ではないだろう?

 こちらには災厄だとしてもね。

 それと同じって話だ。

 良い悪いじゃない。

 だからね、慈悲を与えるは、魔導師なる者にはしてはならない。

 慈悲は、ふりまかれるだろう災厄をおさめる時だけだ。)


 私に区別がつくだろうか?


(つくさ。

 君はニルダヌスを見て、彼や家族に慈悲を与えようと考えた。

 君の友人となる孫娘の行く末が心配だなぁと考えた事だよ。

 関わる事を僕たちは止めなかっただろ?

 幸いな事に、彼が出会った忌まわしき者どもは、我らが神に隷属を示した後だったからね。

 よかった、よかった。)


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