第55話 グリモアの主 ⑦

 死人の山って見たことないだろ?


 俺達は、その山の中で寝起きしてたんだ。

 あれも慣れると、臭いも何も感じなくなる。

 人間ってやつは、殆ど水分だろ?

 腐るのも壊れるのも早くてさ。

 だから、俺達も大忙しだった。


 まぁそんな訳で、東南の散在する村も街も、原因不明の死者が溢れていたんだ。

 戦で?

 違う違う、疫病でもない。

 それが停戦の切っ掛けだ。

 千年戦を続ける中央王国が、停戦だ。

 群島諸国でさえ、オルタスから逃げ帰ったさ。

 疫病よりも恐ろしがってな。

 何故かって?


 俺達が、公爵と俺達が進軍すると、土地がのさ。


 オルタス東南部の肥沃な大地は、腐ったのさ。

 そう、このオルタスに新たなが出現したのさ。


 中央大陸オルタスでは、様々な勢力が争い続けている。

 一見、結束している王国でさえも、内紛の種はゴロゴロしている。

 宗教、思想、民族、階級。

 人が人である限り、争うものだ。

 その王国と対立する群島諸国、さらに西の海を渡った西方国家が一致団結して争う相手がいる。

 北の山脈を越えて北西に広がる高地民族だ。

 村の北、山の向こうの隣人は蛮族である。


 高地民族は、我らの皮を剥ぐのが好きだからな。


 それも三代目公王半世紀以上前の頃にできた北の絶滅領域のおかげで、脅威は消えた。

 北の山が凍りついたおかげで、高地民族の大侵攻と呼ばれる戦がなくなった。

 物理的に断絶したってわけだ。

 そうそう絶滅領域って言えば、この北の国境だった。

 絶滅領域は、生き物が生命を維持できない環境をさしている。

 大戦場と呼ばれる戦闘地域が、一時不毛化するのとは違う。

 自然現象なら、溶岩の中とかだ。

 命の輪が保てない場所っていうのが、神聖教の例えだね。

 村から見える北の山もそうだろ?

 春夏なら、鳥が落ちる事はないけれど、真冬は鳥どころか、一歩踏み込めば人も氷像に早変わりだ。

 高地民の国は火山帯らしいから、滅びはしなかったそうだ。

 西の砂漠はどうかだって?

 あんな場所でも砂蟲はいるし、見かけより豊かって話だ。

 何が云いたいかって?

 つまり、絶滅領域って言えば、故郷の北の山の事だった。

 ここの辺境伯が領兵程度の武力でよしとされた理由だな。

 山越えもできない。

 西は灼熱の砂漠、北は人が死ぬような氷の世界。

 環境激変で作物も採れない上に、動植物まで変化しちまった。

 つまり、落ちぶれた原因で食うにも困った俺達が出兵した理由でもある。

 皮肉だよな。

 そして今では、絶滅領域っていやぁ、東南の国境の事になったのさ。

 だって、北じゃぁ自然が厳しくなっただけだ。

 蛮族の侵攻もなくなったし、辺境伯が落ちぶれただけの話だ。

 けれど、東南の絶滅領域は違う。


「土地が戦争で荒れたから」

「戦うと負けるからさ、それも生きてる人間が負けるからさ」


 生者と死者の区別が無くなったら、殺し合う意味もないだろ?


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