第54話 グリモアの主 ⑥
公爵は、少しでも時間がとれると俺達に話した。
この世の本当の姿を。
この苦しみの意味を。
人とは何かを。
殆どは、俺達にはわからない話だったよ。
俺達に学が無いのもあるけれど、彼もわかっていなかったのが本当じゃないかな。
でも、彼が戯言を並べると、皆、ぼんやりとして楽しい気分になった。
苦しいことも悲しいことも、全部、遠くなっていった。
男は片手で本を開き、俺達に説くんだ。
俺達は、塹壕の中で、死体に座って聞き入る。
この世は偽りに満ちている。
偽りは、善悪ではない。
二つに分かれるものではない。
だから、偽りを無くす事はできないのだ。
故に、その偽りの中で我々は、命を守らねばならない。
命、生きようとする事は、人として正しい。
しかし偽りの中で生きる事は、苦しい。
その苦しみは生きている限り続く。
生きる事を望むとは、苦痛を選ぶということだ。
その勇気ある行いに対して、死は屈辱であるのか?
それとも死は、安らぎであるのか?
間違ってはいけない。
苦しむ事を恐れてはいけない。
苦しむことは魂を育て開放することだ。
そして死もまた、人として正しい道の上にある。
「よくある、神聖教の説教に似ています」
「この先が違うんだよ、厭な話だが聞いてくれ」
では、その正しい道にも偽りはあるのか?
私の神は答えてくれた。
あると。
すべては、偽りの上にある。
では、苦痛と恐怖にも偽りはるのか?
ある。
生きる事、死ぬ事にも、偽りが介しているのか?
そうだ。
苦しむ事を恐れてはならない?
それは偽りだからだ。
だから教えよう。
苦しみや恐ろしさを感じるように、偽りが支配しているからだ。
では、この偽りは何処まで広がっているのか?
あの玉座に座っている者も偽りである。
今も我々を苛む事々も間違いである。
生きるも死ぬも偽りである。
我々が偽りを正さねばならない。
我々は、願わねばならない。
本当に正しいことを願わねばならない。
この場でこそ、願わねば、偽りは覆せないからだ。
「途中から、意味がわからなくなるんだ」
「反体制派の扇動演説のようですが、目的がぼやけていますね」
「あいかわらず難しい言葉をしってんなぁ」
実はな、この話には意味がないんだよ。
喋ってる本人も意味なんかどうでも良さそうだった。
おまけに聞いてる俺達も、意味なんてどうでもよくてさ。
戯言の中にいると楽だったって話さ。
お互いに自分より相手が哀れだと見下して、安らぎを得ていたんだろう。
哀れなだけなら良かったのにな。
ジグ帰りが殺さるのが頻発していたんで、公爵は俺達を手元に残して動くようになった。
俺達も、自分たちの立場がようやく飲み込めた。
おかげで、公爵の勢力は、東南で大活躍さ。
戦場なら仲間を増やせるしね。
ほら、いっぱい落ちているから。
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