第53話 グリモアの主 ⑤

 モヤモヤと影がわく。

 あの蝙蝠のいた広間の靄に似ていた。

 それが石碑の一つ一つからわきあがる。そうしてそれら通路に並ぶと、行列になり中心の空き地へと向かった。

 息を潜めている私の側を通り過ぎる。

 煙の塊のようなそれは、なんだか人の形にも見えた。

 皆が繋がれている石碑から、そっと空き地を覗く。

 影は集まると形を崩して一塊となる。それはどんどん大きくなり、見上げるほどに膨れ上がった。

 私は、不用意に声を漏らさないよう、口を手で覆った。


 モヤモヤとした巨大な塊に、目ができた。


 血走った黒い瞳が真ん中にある。

 それは痙攣するように動き、あらゆる方向に向いた。

 目があうのではと、私は恐ろしくなった。

 恐ろしくなり、石碑の影にしゃがむ。

 動くなと言われてたのに。

 目が私の方を見たのがわかる。

 

「大丈夫、この子は良い子だよ。大丈夫」


 傍らの呟きが聴こえた訳でもあるまい。

 だが、それは視線を散らすと動き出した。

 ふっと気配が軽くなる。

 巨大な影は、目をグリグリと蠢かせながら、石の街を這いずって進む。

 ゆっくりと街を見回し、石の墓の間を縫い、時間をかけて彷徨きまわる。

 何か決まりごとでもあるのか、時々、立ち止まってはしみじみと見ていた。

 その姿は、どこか可笑しみがあった。

 犬や猫が道端で首を傾げているような仕草だ。

 だが、それを得体の知れない目玉の怪物がすると、滑稽なはずが不気味なだけだ。

 それも元の場所、中央の空き地に戻るとザラリと崩れた。

 崩れ消え、元の静寂へと戻った。


「気がつかれなければ、大丈夫。守り人が怖いんじゃないんだよ。守り人が呼ぶ、番人が怖いんだ。

 番人は、いつもいつも、娯楽を求めているからね」


 いつまでも、口を押さえて固まる私に、彼は笑った。


「死んだら終わりなんて、嘘なのさ」


 彼は笑った。


 ***


 ジグから中央大陸に戻ると、直ぐに東南の戦闘地域に送られた。

 夜戦から、男は英雄と呼ばれるようになっていたけどね。

 再び、死ねとばかりに送られた。

 死んでほしかったんだろうなぁ。

 俺達は、とうぜん男についていったよ。

 何故かって?


 ジグ帰りは、殺されるからさ。


 他所に配属されたら事故死だ。

 街を一人で歩いたら、消える。

 故郷に帰る?

 任期中だし、五体満足で除隊できない。仮にだ、休暇をとって帰ろうとしたらどうなる?

 途中の草むらで骨になるのさ。


 他所の部隊に配属された者たちは、ジグ帰りと知れると死んだ。

 敵に殺される前にね。

 それは犯罪だ?

 いやいや、犯罪じゃないんだよ。まぁ、続きを聞いてくれよ。

 そこで男は、公爵は俺達を集めると、教えてくれた。

 何を教えたかって?


「死んだ奴は敵にならない」

「それ、殺したらって事?」

「違うよ、死んでる奴は味方だって話だ。」


 簡単な見分け方だよな?

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