第648話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 上 ④

 二人は部屋の奥に陣取ると、黙々と武器を受け取り装着していく。

 イグナシオの装備の殆どは、焼き払う物ばかりだ。


「いつ見ても、隣でモクは吸えねぇし火の気は寄せたくねぇやな」


 男の言葉に、イグナシオは笑いもせずに返した。


「煙草はやらん」


 かわりにサーレルが、ニヤリと返す。


「多分、彼の最後は爆死ですね」


「そりゃぁ手間が省けていいさね。

 だが、どっちと飯を喰うかっていやぁ、ナシオの方だね」


「おや、嫌われましたか?」


「お人柄の好き嫌いじゃねぇのはわかってんだろ。

 なに、とボケてるんだか。

 補佐官殿の装備を見たら、食欲がなくなるよ。」


 イグナシオが火薬仕込の武器なら、サーレルは毒仕込だ。

 同じ投擲や打ち出しの物でも、相手を苦しめる事に特化してる。

 どちらが悪辣でえげつない武器であるかは言うまでもない。

 笑い合う二人を他所に、イグナシオは今回、主に使う武器を手に取った。


「結構な長丁場ですよ。

 そんな取り回しの難しい大型の武器にして大丈夫ですか?

 今回は戦闘が主ではないと、さっきご自分で言っていたじゃないですか。」


 確かに伝令、使者として向かうだけである。

 だが、イグナシオの手にしている武器は、己の身長を遥かにこえる大長槍ヘルムバルテである。

 複雑な形状の切っ先と鉤爪は、多様な攻撃が可能だが難易度の高い武器だ。

 もちろん、イグナシオ専用の武器である。

 彼が使うに不足はない。


「それにそれ、特注でしょう?

 伝令程度の仕事には、勿体ないでしょう」


 確かに特殊な加工が施されている。

 重量を無視した最高硬度の金属を使用した為に本来の値段の倍以上。

 特注で刃先は超高温になる。

 爆殺までの威力は無いが相手を燃やす事もできる素晴らしい信徒向けの武器だ。

 サーレルの言う通り、大戦おおいくさに相応しい高価な松明玩具といえる。


「神のお告げだ」

「..では、仕方ないですね。

 さて、私の頼んでいた物もお願いします。」


 笑顔でサーレルは話題を変えた。

 信徒に理由を聞くのは愚策である。

 彼の言うお告げ云々は、そのままの意味で、途中経過は蛇足だ。

 真偽を掘り下げても、無駄である。

 神のしもべに理屈を正しても良いことはない。


「お前こそ、いつもの武器ではないのか?」


「まぁ今回は、私も確実性殺傷力を選ぼうかと」


 サーレルの持ち出した武器は、緩い曲線を描く剣だ。

 重量もあり使用されている鋼も強度がある。

 その鎌剣サパラは、甲冑装備でも戦斧並の打撃を相手に与えられるだろう。

 労力を少なくし一撃必殺を狙う。

 イグナシオの装備を過剰というが、サーレルの装備も同じく過剰に殺意が高かった。


「まぁ、今回は貴方の言う通りお手紙を配達するだけですからね。

 これの出番も無いでしょう。

 私的には残念ですが、楽な仕事で本当によかった。

 貴方の装備も、荷重訓練には良いかもしれませんね。

 まぁ慎重を期して我々が向かうのですから、楽勝..」


 人生は、毎日学びだ。

 くだらない甘い見通しを任務の前に口にすると、碌な事にならない。

 特にこの二人が組んで仕事をした場合、妙な引きを見せると学ぶこととなった。

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