第760話 それが愛となる日 ⑧

 ありがとうの意味を込めて唇を笑みにする。

 伝わったのかオービスの下がり眉が戻る。

 そうして城塞の通路をゆっくりと二人で歩き出した。

 歩調は私に合わせ、彼は少し前かがみだ。


「東の奥は、湿気、が多い。

 気温、が低くなると、体に堪える。

 まずは、お前さんの着る物、を揃える。

 それから、ちょっとした具合の、良い、道具、だな」


 薄暗い通路は下へ下へと下っていく。

 時々、段差をひょいと抱えて降ろされる。

 カーンとは又別の安心感のある運ばれ方だ。

 多分、カーンが荷物担ぎのていで運ぶのに対して、オービスはあくまでも、丁寧なに対する扱いだ。


 薄暗い通路は、相変わらず迷路のようだ。

 すれ違う人の多さに、目が泳ぐ。

 祭りのような賑の通路を、オービスが大きな体で進む。

 当然、人の流れは妨げられるが、彼ほどの大きさになると、相手の方が先に避けていく。


 あぁカーンの時と同じで、略式敬礼をとられるので、きっとオービスの方が上司にあたるからというのもあるんだ。

 そんなオービスに手を引かれている私には、彼らはちょっと目をくれるが、反応は無い。

 きっと話しかけてはならないとか、いろいろ規則があるのだろう。


「手荷物以外は、移動の荷駄に、積む。

 行李ふたつ分は積める、十分に用意をしよう」


 基本的な情報が無いので、私は着いていくだけだ。

 人で溢れる通路から、ふたつほど違う通路へと折れ、更に細い枝葉の道に入る。

 細い道には、長机が置かれた部屋が通路面に並んでいた。


「ここは装備を、揃える場所だ。

 城下でいう、商店、だな。

 支給には手続きをし、支払い、金銭のやりとりは、ここでは、行わない。」


 商店とは違うということだろう。

 端の最初の机で紙を受け取る。

 オービスは、サラサラと何かを書きつけた。


「これが、最初、の手続きだ。

 誰が、何をしに、来たのか、書いた。」


 紙を覗き込む。

 申請書類でここでの購入の許可とか色々な事の記入がされていた。

 そして最後に署名、オービス・ローゼンクラム。

 と、あり更に所属隊や階級もあった。

 軍隊の階級はわからないが、その署名が素晴らしく流麗だ。


『中央軍の階級は複雑でね、獣人の奴隷民兵の頃の階級と人族の軍隊の階級が混在してるんだ。

 まぁ彼の階級なら、普通に師団ぐらいは動かせる地位だよ。

 因みにローゼンクラムは人族貴族で言う伯爵家だね。』


 予想以上に高位の貴族で偉い人だった。


『何で驚くの?

 君がいつも叱り飛ばしたりしている道化は更にその上の南部大貴族だ。

 人族で言う』


 言わないでくれ。

 恐れ多くて今までのように雑魚寝もできなくなる。


『じゃぁ他の君の知り合いの身分も言わないでおくよ』


 え?


「ここから、順に装備品、の調達だ」

『ほら、進んで進んで』


 気になるんだがっ?


「衣類、からだな。

 本当は、女兵士に、頼みたいのだが、すまんな。

 自分で、指さして、そろえてくれ。

 ワシは、はなれて、いよう」


 それは大丈夫だ。

 ほぼ男女の区別のない仕様のようだし。

 と、オービスに慌てて首を振る。

 恥ずかしい事はなにもないし、気を使ってもらうような育ちでもない。


『少しは恥じらいなよ。だから猿扱いになるんだよぅ』


 官給品の衣類で男女差のほぼ無い代物を揃えるのに、恥ずかしいも何も無い。

 むしろそれで恥ずかしがるようなら、ここにはいない。

 そしてオービスを含めて誰も彼もが、私を子供として見ていた。

 まぁ子どもと言っても、幼子よりは育っているという認識だと思うが、ビミンのような少女ともみられていない。

 つまり、カーンから言わせるとガキである。

 ここで恥ずかしいとする方が恥ずかしいのだ。


『真顔で怒らないでよ。

 ガキ扱いは、僕じゃないんだしぃ。

 ほら、気分を害したかとデカイ奴がオロオロしてるから、早く選びなよ。

 3枚ぐらいづつでいいんじゃない?

 色も無いしね、かわいいのが無いねぇ。

 見習いの服装かな。

 ムクレてないで、ほら、選びなよ。

 比較的、新しいのが、ほら、右下の方の奴だ。

 新品は逆に熟れて無くて、着心地も悪いよ。

 程度の良い奴を選ぶんだ。

 うるさい?

 なら、さっさと自分で選ぶ。

 そこそこ、下の奴が中々よさげだよ』


 支給係の兵士が、どんどんと長机に衣類を積み上げていく。

 何故か機嫌の良いグリモアの差し出口を聞きながら、それらを選ぼうと手を伸ばした。

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