第795話 挿話 黄昏まで遊ぼう ⑤

 アッシュガルトの街は古い歴史と保養地として据えられている為、街並みは美しく思うより大きい。

 そして多くの建物に地下部分があり、探索は難儀だ。

 兵士に毛が生えた程度の者達にとっては、中々緊張を強いられる。

 ましてや彼らだけが悪い訳では無いし、不手際よりも指示する人手が圧倒的に足りないのもある。

 元気に動き回るオルトバルら現在の士官達は、腐土後に回された補充人員だ。

 彼女達も事情は把握している。

 このごみ捨て場に、好んで捨てられた訳ではない。

 例えばオルトバルは、ラ・カルドゥに買い上げられた子供だった。

 貧民の子供であり、側付き小姓として使われてきたのだ。

 買い取られた身の上で、己を買い戻すにまだ足りないのだろう。

 本来なら栄達も望める力があるというのに、今だに百人隊長どまりだ。

 武功も何もかも取り上げられて、誰かの肥やしにされている。

 その肥やしによって返済をしているのだ。

 まぁその彼女でさえ、そろそろ恩を返し尽くしたと考えているだろう。

 彼女を指導した獣王家付きの男も、そろそろ静かにキレ始めている。

 今回もごみ溜めに配置を強要され、最後の忠義とオルトバルは従った。幼馴染の懇願もあった。

 何故と問いたかったろうが、男は止めはしなかった。

 実質的な保護者であるその男は、彼女の忠義と愛が失せるのを待っているのだ。

 時々、その愚かしさを自慢ともつかず語るのだが、彼の保護者もオービスの甥に尽くすのは非常に不満に思っていた。

 如何な幼馴染とはいえ、彼女の親愛を弄び、不実とくれば殺したいと思っているだろう。

 だが、それをしないのは、彼女自身で選ばせる為だ。


 愛と奉仕。


 孤児の娘に学ぶ為の力を貸し、見守り態度で示す男の姿こそがそれであろう。

 もちろん口幅ったい言葉にするのは野暮である。


 カーンやオービスには内緒で、バットルーガンを始末してしまおうか?


 まぁ何れか手隙になれば、自分か誰かがやるだろう。

 やるせない。


 新人たちの無様な悲鳴を聞きながら、スヴェンはため息をついた。


 東南での失策は、本営の縁故人事の所為でもあった。

 カーザ達が愚かにも経験豊富な上級士官を追い出し、それを追った下士官と兵士が移動したのは軍内では知られた話だ。

 良かれと思って古参を残したカーンの配慮も、結局は叩き上げを使う面倒を嫌った彼らが、同じ東部貴族を引き入れて無駄にした。

 縁故も結構だが、同じ東部出身で逃れることができなかった古参の中隊長達は爆死だ。


 支援の途絶えた後、二個中隊は八八、愚連隊としての示威行為を最後まで続けた。

 八八は、決して戦略的撤退以外の逃げをしてはならないからだ。

 迷走する用兵に、孤立した彼らの最後は、死体も残さぬ爆死だ。

 逃げもせず敵を巻き込み、死体も残さず愚連隊の兵士として死んだ。

 異形の者が跋扈し、仲間が狂って喉を掻き切ろうとも、逃げる姿を晒してはならない。

 彼らが逃げるとは、諦め敗走すると同じ。

 それは軍全体の士気にもかかわる。

 それがどうだ。

 書類に綺麗な言葉を連ねても、逃げた事は変わらない。

 そんな上官に誰が恐れを預け死ぬだろうか。

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