第794話 挿話 黄昏まで遊ぼう ④

 留まり戦えば、少なくとも沿岸の街は残っただろう。

 そして逃れる術があれば、多くの命が助けられたことだろう。

 何よりも、囮となった中隊を無能としなければ、これほど憎まれる事もなかった事だろう。

 死人に口なしか?

 だが船を奪われた貴族と支配地の者達は、戦い抜いて少数を逃すことに成功した。

 置き去りにされた兵士も、第八中隊長達の特攻により作業していた者達は生き残った。

 どんなに金を積もうとも、どんなにうまい嘘をつこうとも、誰も卑怯者を許しはしない。

 死者も生者も、許しはしない。


 愛と奉仕?

 それは誰に向けての言葉だ?

 オービスの甥は救いようがない中途半端な男だ。

 ラ・カルドゥに殺された母親への愛というなら、それこそ愚かすぎる話だ。

 愚かを選び、道連れか?

 忠義面でラ・カルドゥの孫娘を地獄に落とすか?

 それとも見捨てたローゼンクラムに泥を塗るためか?


 オービスの甥の真意はわからない。


 愛と奉仕。

 阿呆が、片腹痛いわ。


 ラ・カルドゥの氏族に嫁ぎ、勢力争いの余波にて没したのがオービスの末の妹だ。

 残された子供は寄り親の元にて育ち、カーザの側近として仕えるを与えられる。

 さぞや育ててやる慈悲と己が親の悪口あっこうを注がれて育てられたことだろう。

 ローゼンクラムとラ・カルドゥの同盟時、嫁がされたのがバットの母親だ。

 その同盟が失われ、当時のローゼンクラム頭領によって親子ともども見捨てられ。

 更にはラ・カルドゥでは裏切り者として、彼女は殺されてしまう。

 不運不遇であるが、当時のローゼンクラムの頭領は業突く張りの狂人だ。

 女子供は家畜以下という何処ぞの公爵と同じ、その子供がどういう末路を辿ろうと斟酌しない屑だった。

 その時に子だけでも取り戻しておけばと、オービスは悔やんでいるが、取り引きができる状況ではなかった。

 ローゼンクラムの内部でも争いが起きており、当時の頭領である父と息子オービスの殺し合いは今も語り継がれる大戦おおいくさでもあった。

 そのような状況で、子を取り戻すも何も無い。

 戻ったとて狂人が手出しをできぬように、奴の息の根を止めるまでは、引き取るなど論外であったろう。

 故にオービス曰く、関係の悪い相手の所で育てられるとは、と、甥を憐れんでいた。


 まぁスヴェンにしてみれば、勘違いだと思っている。

 あの手の性根の男は知っている。

 オービスとは似ても似つかぬ性格だ。


 愛と奉仕。


 そんな言い訳を咄嗟に口にできる奴は、愛も奉仕の心も持っていない。

 うまくいかない事々を、すべて他人の所為にできる、己を憐れむ演技がうまい奴だ。

 あれは、伯父の憐れみも知っている。

 たぶん、カッサンドラ・ラ・カルドゥの慈悲も得ているだろう。

 不遇で可哀想な育ちだという事柄をうまく利用している。

 その真意が、野心なのか自滅への布石なのかは知らぬ。

 だが、きっと嘘を信じているだろう。

 愛と奉仕を捧げる己は憐れであり、罪はない。

 悪事だとて強要されているのだ。

 自分は悪くないのだ、と。


 状況分析後、生き残りの者達の聞き取り全てを終え、第八軍団八の八師団は、上級将官を最下級士官まで降格。

 これに不服申立てをし、東部旧貴族派から元老院を通しての圧力によって、彼らは東マレイラ駐屯を命じられて今に至るのだ。

 彼らが名乗る階級は実のないものであり、第八軍団の軍事活動からは外されている。

 つまり謹慎中という訳だ。

 ところが現実は、更に愚かにも現地貴族シェルバン人との癒着と職務怠慢という、同仕様もない状況である。

 だが、スヴェンにしてみれば、当に答えが出ている話だ。

 彼らの仕置が宙に浮いているのは、単に時節の問題だ。

 今回の騒動も含めて、そろそろ彼らは終わりだろう。

 なにしろ公王の義弟コルテス公を殺しかけたのだ。

 ラ・カルドゥは終わる。

 スヴェンとしては、ローゼンクラムへの波及が無いよう手回しを考えるぐらいだ。

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