第793話 挿話 黄昏まで遊ぼう ③

 きっと今では後悔しているだろう。

 だが、死者に言い訳をした所で許しは得られない。

 欠片でも人間らしさが残っているならば、夜の闇は恐ろしかろう。

 それにいつ裏切られるかもわからぬ者に誰が従うというのか?

 従うは、それこそ新兵としがらみに囚われた者か、恨みを抱えている者だ。

 団結は到底できないだろう。

 仲良し小好しの者共も、本心では誰も信用していまい。


 自分自身も疑って生きていく。

 ゾッとする生き方だろう。

 自業自得だ。


 当時の言い訳も酷いものだった。

 彼らの言い訳は、腐土風による連絡の遅延と現場の上級中隊長の判断の誤り。

 撤退時期の誤認と証言した。

 実に見苦しい。

 腐土を知る者なら、彼らが待機を命じた理由がわかるからだ。

 腐土風が吹き荒れた場所では、動かず留まる人間が多い方に流れるからだ。


 亡者は食い物を探している。


 腐った風と共に異形と成り果てた人間の残骸が溢れ出る。

 正気を奪う風の後に、蠢く何かが命を求め徘徊するのだ。

 多くの命が集まる場所に、流れ、流れて。


 指揮所は作業区域の更に風下だった。

 特に濃い瘴気の塊だと気圧の変化で予測が立つ。

 逃れよと命じるだけの話だ。

 だが、彼らを動かす場所は限られていた。

 そうだ。

 彼らだけは助かる余地はあったのだ。

 しかし、カーザと取り巻き達は、判断ができなかった。

 最適な回答までの道筋を見極める事もしなかった。

 一番最初に選んだのだろう。

 己達がどうしたら生き残れるか?と。

 どうみても陣地構築の兵士を動かせば、指揮所の者にも被害が出る。

 彼らを逃がすと次に腐土風が濃く吹き荒れるのが、指揮所がある陣地だ。

 先に動かせば、自分たちも死ぬかも知れない。

 距離と移動速度を見て、臆病者は震え上がった。

 合力すれば共に逃れられたものを。

 臆病者は先に逃げる事にした。

 そう、順番を変えるのではない。

 自分たちが逃れる時間を作るために、何も知らせず置き去りにする事を選んだ。

 一戦交えるまでもなくだ。

 実は指揮所にいた士官以下の者も置き去りにした。

 移動手段の騎獣の多くが突然の瘴気で死んでしまったからだ。


 判断力はあるのだろう。


 スヴェンは苦々しい思いに奥歯を噛みしめる。

 誰を見捨てるか、誰を囮にするか。

 オービスの甥の指示は的確だった。


 留まるようにと仲間に告げて。

 彼らは逃げた。


 仲間が自爆特攻、爆死するまでの間に、一目散に逃げ去った。

 もちろん囮が死ねば、次は彼らだ。

 唯一清浄な空気が吹き付ける海岸沿いを目指し、途中の村には警告も出さずに逃げた。

 逃げ足は早かったが、時間も迫っていた。


 夜が来れば奴らの時間だ。


 彼らは村を通り過ぎた。

 次に海辺から船を調達した。

 街唯一の大型船だ。


 街の住民を逃すための船だ。

 領地差配の貴族の持ち物だ。


 スヴェンはアッシュガルトで働く新兵を見ながら、海を見た。


 地形的に海沿いの断崖沿いに続く道では、民が逃げられないからだ。

 その街こそが、南と東とを繋ぐ為に置かれた最後の街だった。


 手厚く守ると約束したからこそ、人が残っていたのだ。


 どのように取り繕うとも、東の誰かが金を積もうとも、卑怯者の行いは隠し仰せない。

 そして人とは、罪を認めた者よりも、認めぬ者を激しく憎むのだ。


 彼ら領地差配の貴族も民も、殆どが助からなかった。


 卑怯者だけが、死んだ者が無能だったからだと証言し、立派に勤めを果たしたといい。

 無手の民を足蹴に接収した船にて、それは見事に逃げおおせた。

 途中の村は呑まれ、海辺の街も壊滅だ。

 唯一残された海岸沿いの道は、爆破して潰すこととなった。


 そこにどんな愛があるというのだ?

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