第792話 挿話 黄昏まで遊ぼう ②

 スヴェンが考える異端狩りの者とは、落伍者の事だ。

 真っ当な暮らしができない。

 人間同士の繋がりを保てない。

 常に己を疑い怯え。

 罪人を痛めつけるのは、同類の己を隠すためだ。

 彼らは己を映す鏡を探している。


 そんな落伍者を恐れるは、無知を証明するに同じ。


 今更、腐土の毒が回ったのだろう。

 死者が蠢くのだ。

 裏切り者に安らかな夜は訪れない。


 だが、小娘に怯えるほど、異端狩りを恐れる理由には弱い。

 他にも見落とした罪があるやもしれぬ。

 愛と奉仕などという嘘が理由ではあるまい。


「情けない」


「何がです?

 あぁ、彼奴等ですね。

 お〜い、そこは燃やすなって言ってんだろうがぁ!

 ..確かに、今回の補充はひでぇなぁ」


 一中隊を五小隊に分け、交代で鎮圧任務をこなしている。

 小隊は三人一組で分散し、中心街を探索中だ。

 新兵も混じっているので、今ひとつ連携がうまくいかない。

 スヴェンが見たところ、己の力を過信している者が目についた。


 今も兵のひとりが、変異体を正面から潰してしまった。

 不意を突かれて焦ったのだろう。

 装備は虫と粘液まみれになり酷い有り様である。

 慌てた仲間が表面を焼いたが、火力が強すぎて焼き殺しそうだ。


 ウォルト達商会の面々が、街を案内しつつ先導しているから良いものの、やはり今の編成が良くない。

 練度がまったく足りていない。


 練度の足りない者を補充されたのは、失策に対する罰則分である。


 前期任務、東南の腐土での任務だ。

 彼らは第八の古参兵を二個中隊、二人の上級中隊長ごと失っているのだ。

 この上級中隊長の死は、検証により指揮段階での失策であるとされた。

 任務内容は、腐土領域での陣地確保と拡大である。

 件の中隊は、前線での拡大作業の護衛任務についていた。

 だが、腐土風と呼ばれる瘴気が酷くなり、作業兵(他兵団兵士)の中に発狂する者多数を認める。

 そこで撤退要請と最新の気象報告、退路指示を指揮所に求めた。

 最初の返答は、風向きの変化が望める事からの待機指示。

 しかし現場では瘴気が濃くなり、腐土風も悪化。

 発狂するまでもなく多数意識が刈り取られる状況になっていた。

 そこで再度の撤退要請が繰り返されるも、やはり返答は待機指示。

 獣人以外の兵士が交じる作業兵達を殺す事になると判断した上級中隊長達は、苦肉の策として、第八二個中隊以外を作業区域から撤収撤退。

 この判断により彼ら二個中隊以外の他団の兵士達は命拾いをする事となった。

 何故なら既に、指揮所にいたはずの第八の士官達は、疾うの昔に退避していたからだ。


 カーンが残していった古参兵を、尽く追い出していたのも原因のひとつだ。

 古参の士官級の人員を、己が縁故の者で固めた。

 金で買った肩書の、苦労知らずの仲良しこよしで物見遊山。


 その傲慢な自信は何を拠り所にしていたのか?


 勇猛果敢を旨とする第八の席が、恵まれた生まれと財産によって約束されると考えたのか?

 血を絞り、生きて足掻く場所に、磨かれた靴で立っていられると思ったのか?

 命をお互いに預け合う場所に、政治や権力争いを持ち込んでもうまくやれると思ったのか?

 死ねと命じるだけで、自分は安全な場所にいられると思ったのか?


 まぁ報いは死ぬまで受けるのだと、スヴェンは湧き上がる不満を散らす。

 何しろ潔く使命を全うした者は戻らぬとしても、多くの犠牲者はまだ、のだから。

 腐土にて蠢き、自分たちを踏みつけにした彼らを探しているのだから。

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