第791話 挿話 黄昏まで遊ぼう

 手渡された大鉞おおまさかりを握る。

 柄に巻かれた金属板が良い重さを手に伝えてくる。

 金属の塊のような武器を担ぐと、スヴェンは機嫌よく城を出た。


 今日は実に気分が良い。


 気分良く過ごす秘訣は、小難しい事を考え無い事だ。

 考えたところで、悲しみも苦しみも、避けて消えてくれる事は無い。

 逝くすえを悩む暇なぞ勿体ない。

 ただただ、天衣無縫に生きていく。

 この世は...


 ***


「面倒だな、イグナシオを呼ぶか」


「勘弁してくだせぇ、ロスハイムの旦那。

 地面が抉れるほど焼かれたんじゃぁ、元から塩気にやられてるんだ。

 人が住めなくなっちまうよ。」


 ウォルトの本気の返しに、スヴェンは大げさに唸る。


「油薬でチマチマと焼くよりだな、一気に」


「だから駄目ですって、旦那。..飽きたんですね」


「うむ」


 アッシュガルとの住民を避難させた後、第八は街の制圧に乗り出した。

 秩序回復治安維持と銘打ち、家屋を叩き壊し、死体を焼き捨て、破壊をして回る。

 しかし、どこから湧き出るのか、変異体は尽きる事無く湧き出てくる。


「歯ごたえがなぁ」


「そりゃぁ旦那にしてみりゃぁ、遊びにもならんでしょうがね。

 ガキどもには、装備を溶かされるわ、虫にたかられねぇように立ち回るにも、キタねぇし」


「近頃の若い者は軟弱だな」


「若いものってぇ、旦那も若いでしょうが」


 見た目に反して、スヴェンはオービスよりずっと年下だ。

 直属隊の年齢は上から順に、オービス、モルダレオ、エンリケ、スヴェン、そしてカーンと続く。

 サーレルとイグナシオは同年だ。

 ただし、中央軍内の年功から並べるとスヴェンが最古参となる。

 彼は幼年から、軍に引き取られているからだ。


 彼は、元神殿預りの異端審問官見習いという異例の経歴を持っている。

 故に今回の事で、彼はオービスの甥の脳みそを本気で心配していた。

 中身と今後、オービスの姉の一人に柘榴のように中身を見せる事にならないかと。


 異端審問官とは何か?

 そんな基本的な事を知らないとは、軍人としても貴族の倅としても失格である。

 本人の責任だけではないとオービスは言うが、学ぶ気の無い人間に何を教え導けるというのだ。

 異端狩りの者とは何か?

 貴族、支配階級がその意味や民に与える影響を学ばずして、どう支配をするというのだ。

 彼の甥の惰弱な言い訳を聞く度に、不愉快が募る。


 一心にラ・カルドゥへの奉公だと、バットルーガンはオービスに言い訳をした。

 寄り子として、何れはカッサンドラ・ラ・カルドゥの連れ合いになるからだと。

 寄り親のラ・カルドゥの末子であるカーザを守る為だと。


 部下を囮にして腐土から逃げ出し、本領からの指示通り賄賂を集めて送り続けている理由。

 愛と奉仕だと宣う馬鹿の面を見て、スヴェンは言葉を尽くす事が無意味だとわかった。

 オービスの絶望を感じ、代わりに始末しようと思いもした。

 だが、手出しをしてはならぬと相方に釘を刺されていた。

 確かに自分が手出しをするは筋違いだし、罰を与えるには己も未熟。


 本当に愛と奉仕だと信じていれば良い。

 嘘だと誰もがわかるいい訳であった。

 それにオービスの甥の本心がどこにあるかは、推測だ。

 自ら自滅の道を歩む者は害悪なのは事実。

 死にたいのなら、一人で死ねば良い。

 周りを巻き込むのは、やはり臆病者としか思えない。


 が、スヴェンだとてバットの姿を不快と思う根底には、己が過去の事もあると理解していた。


 薄曇りの空を見上げる。

 小難しいことを考える自分、まだまだ修行が足りないと彼はため息をついた。

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