第163話 トゥーラアモン ③

 ただし現在、獣人族を人種的に侮辱する事は、大きな危険を伴う。

 中央王国は一つの国だ。

 だが、実際は大陸南部全域を獣人族が自治領としている。

 つまり、すでに獣人王家(中央王国も認める支配者)が治める国があるのだ。

 その上、中央王国の主兵力を彼ら獣人が埋めている。

 ここで王国から離反し国家樹立宣言後、人族に宣戦布告をしても不思議ではない。

 もちろん人族を滅した所で、彼らには何ら利益はない。

 寧ろ王国以外の国々の介入により、ある程度の均衡が保たれている様々な問題が噴出するだろう。

 しかし、誰か一人でも過激な思想をした首長が台頭すれば、その可能性は夢物語ではない。

 まぁ政治の話は余計なことである。

 これから向かう、トゥーラアモンの支配者や住人が、亜人に対して締付けを行うような風潮であったら困るという話だ。


 エリに語るのを途中で止めた青馬の昔話は、そうした人種差別の裏を読むこともできる。

 王国からの侵略への抵抗、血統主義への批判、そういう題材にもなり得るのだ。

 そしてこれは、もしもトゥーラアモンに暮らすのなら、先に仕入れておく話ではない。

 先入観は良くないし、身構えなければ案外すんなりと物事は運ぶ事も多い。


「トゥーラアモンの現領主は、アイヒベルガー侯ですね。」


 では、現在の青馬侯は、アイヒベルガー様というわけだ。

 トゥーラアモンの支配者は、昔話にちなんで、青馬侯と呼ばれる。

 これは昔話から引用で、良い意味でつけられたものだ。

 名馬の産地、青馬王の為の馬の産地としての、青馬侯である。


「シュランゲから嫁いだ御方は、どちらに縁付いたのですか?」

「アイヒベルガー侯爵の甥ですね。

 甥といっても、身分は平民です。

 無位無官の商人との話ですよ」


 良かった。

 少なくとも、貴族の奥方にエリを頼むのは躊躇ためらわれた。


「夫婦仲はあまり良くないようですね。

 どうやら、事業の酒造が失敗して侯爵から金を借りたようで、それが喧嘩の原因ですね。

 でも奥方が采配する羊毛の家業は順調で、妻と夫の力関係が逆転したとかしないとか。

 まぁ使用人の待遇は良いのか、誰も辞めていないそうですよ。

 もし預けるとしても奥方本人より、使用人で家庭がしっかりしていそうなところが良いでしょう。

 そことうまく行かないようでしたら、近くの街に神聖教の神殿教会もあったはずです」


 サーレルの話を聞きながら、むず痒い感じを覚える。

 宿場で聞き込んだというのに、向かう先の情報がやけに詳細だ。


「訪れた事があるのですか?」

「まさか、私、北の地は殆ど初めてですよ。中央と南を行ったり来たりですからね。

 私、色々な土地の、特にがありそうな品を探すのが好きなんですよ。

 だから、観光方々少しお話を聞いたぐらいです」


 と、微笑まれた。


 彼がいくら物柔らかで、その辺の破落戸ごろつきには見えなくとも、普通でないことを忘れてはいけない。

 それに間諜かんちょう(注・情報を探る者)に間諜なんですか?

 と、聞くほど私も愚かではないつもりだ。

 微妙な気分のまま、口をつぐむ。

 余計な事を聞くと、余計な話を聞かされそうで怖かった。


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