第775話 手紙 ⑨

 暖炉に薪を焚べる音に意識を戻す。

 暫し考え込んでいる内に、冷え切った室内を暖めるべくカーンが暖炉へと移動していた。

 寝室の扉は開け放たれて、その向こうは薄ら明るい。


 手紙、紙はどこかな。


「こっちの机の中の物を適当に使え」


 服や持ち物を返したいのですが。


「返す必要はない。

 ジェレマイアが支度の金を渡している。

 それに殆どが貰い物だろう。」


 クリシィ様の私物もあります。


「んじゃぁ、それは手紙といっしょに渡すように手配しておく」


 火起こしは済んだようで、カーンは戻ってくると寝台に腰を下ろした。

 そして足元から順に装備をつけていく。

 見ただけでは、どんな使い方をするのか謎だ。

 刃物である事、防御というより武器全般であろうとだけ予想がつく。


「これは対人装備だ。化け物には火が一番効果がある。

 単純だが焼き尽くすのが一番だ。」


 見ていた私にカーンが言う。

 誰もいない今なら聞ける事を質問する。


 ニルダヌスは、どうなるのですか?

 私達が去った後、彼は処刑されるのでしょうか。


「俺は罪に問えないと考えているが、処刑はありえる。

 加工を受けたが、剣の扱いは獣化できなくとも脅威だ。

 まぁ勝手に私刑はできない分、今日明日殺される事はない。」


 獣化ができない?


「それがニルダヌスの罰だ。

 元々、中央軍南部第一の百人隊長、一番格は武力自慢の奴がなる。

 腕に自信ありの猛者って奴だ。

 獣人は腕力や体力に自信のある力自慢が多い。

 力押しってのは当たり前なんだ。

 だから、武器の扱いに長けた者は尊敬を受ける。

 ニルダヌスはその点、剣の技術で尊敬をされていた。

 人柄も含めてだ。

 そういう奴の戦闘力を削ぐには、獣人として獣化する力を無くす以外にない。

 獣化していなくとも十分に強いんだからな。」


 それほどの違いがあるのですか?


「囚人にもとられる処置だ。

 どんな暴れ者でも獣化できないと力は半減する。

 今まで難なくできてきた事が、まったくできない感じだろう。」


 旦那の普段の装備が重くとも平気なのは、その獣化の能力が筋力を引き上げているからですか?


「そうだ。

 湿地訓練の時、錘を見たろう?

 体重分の錘は荷重にならんし、倍ぐらいから重さを感じる。

 逆に力の加減を抑えていくほうが難しいだろう」


 だとすると、虚脱感に苛まれているのでしょうか。


「ニルダヌスも慣れたろう。」


 着替え終わると、カーンは濡れた髪を撫でつけた。

 顔を洗うついでに短髪も洗ったようだ。


 髪の毛、黒いと思いましたが、違うんですね。

 一般的な、黒っぽい髪の色だと思っていたのが、眼の前にあるのは、白っぽい灰色だ。


「この間、獣化を半端にしたからな。

 中々、色味が落ち着かねぇんだよ。髪色を揃える為に擬態を解くのも面倒だしな。鏡みながら頭髪の具合を見て戻すとか、馬鹿みてぇだしよ。」


 獣化すると、え?


「擬態を解いて獣化する。

 俺の毛並みは大体、四色ぐらいだ。

 白か灰色、模様が藍色と黒だ。

 完全に擬態を解いて戻せば、藍色か黒の髪色になる。

 そんな感じだな。

 この間は、ちょっと力を底上げした程度だ。

 中途半端な擬態管理をしちまったからな。

 灰色と白が混じってる。

 まぁ色男には変わりねぇだろって、そんな真面目に頷くなよ。

 冗談いってる自分がキチィぜ。

 まぁだから、獣人は外見を変えられるってのは当たり前でな。

 犯罪者の手配書も獣面と顔貌や姿の特徴は乗せるが、髪色やら肌、目の色は載せねぇんだよ。

 あぁ俺の瞳の色は変わらねぇよ、奇形だからな。」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る