第776話 手紙 ⑩

 目がですか?


「気味が悪いだろう?

 白目と虹彩の区別が無い。

 視力異常もあるしな」


 異常って、大丈夫なんですか?


「見えすぎるし眩しいんだよ。

 だから、南部の昼間が辛くてな。

 ホルホソロルでもねぇのに、顔の半分を覆うんだぜ。

 クソ暑いのによぅ。

 息苦しくはねぇが、分厚い面紗で視界も悪い。

 俺は四つ足の方だから二本足の奴らとはチゲぇんだよ」


 えっと、ホルホソロルって何ですか?


「あぁ南部の最南端の方の兵隊だな。

 そいつらをホルホソロル、こっちの言葉では砂漠の死神、梟の神って呼ぶんだよ。

 そいつ等は全員、頭部を布で覆い顔も面紗で隠している。

 だから一見すると誰が誰だかわからねぇ。

 まぁ威圧の意味もあるんだがよ、あいつら目に頼ってねぇから、顔を覆っても分かるんだ。

 俺はその点、視えるって言っても流石に奴らとは違うからよ。

 日除けで顔を覆うと暑いし視界の幅も狭まるから嫌なんだ。

 まぁこの目のお陰で見た目はヒデェが助かってもいるからショウガねぇとは思ってる。」


 良かった。

 病気ではないんですよね?

 それに最初は怖かったけど、きっと怖かったのは始まりの色だったからだ。

 朝焼けの色だと思う。

 何かが始まる、静けさを押しやる色だ。

 だから怖かった。

 でも旦那の瞳は、きっと夜明けの先を見る為の色だ。

 きっと素晴らしい朝を迎える為の。


「詩人かよ」


 カーンは背を向けると続けた。


「俺の父親って奴は、この目が嫌いでな。

 何度か抉られそうになった」


 濡れた頭髪のままに、口調は皮肉を含んでいた。


「まぁ、先に頭を潰してやったがよ」


 なんと答えるか試す気ですかね?

 とも、言えず。

 慰めも尋ねるも、何もかも的外れだろう。

 男の思考は別にあるとわかる。

 単に瞳の色を褒められて、居心地が悪いという感情が伝わってきた。

 いつもの自分の調子を戻そうと、口に出した話題も少し後悔していそうだ。

 私はにじり寄ると手ぬぐいを手に取り、その頭髪を乱暴にぬぐった。

 さしたる抵抗は無く、カーンは笑った。


「昨日も言ったが、お前は大雑把だよな本当に。

 まぁそれで良いんだけどな。

 で、ニルダヌスが気になるか?

 お前のお友達の爺さんだしな」


 はい、ビミンが心配です。

 母親の事もあります。


「あぁ、だがな現実は嫌なもんだぜ。

 家族が死んだほうが、孫は誹りを受けない。

 爺が生きているから、孫が標的になるとも言えるんだぜ」


 部外者である私の意見は、現実的ではないのでしょう。

 でも、処刑してしまっては何が起きたのか知るすべも無くなってしまいます。

 せめて神殿の方々に、異常なできごと、彼が呪われているか等を判断してもらう。

 そうすれば罪の有り無しも分かるのではと思うのですが。


「それ、何気にえげつねぇぞ」


 どうしてです?


「頭の緩んだ審判官を基準に考えるなよ。

 お前、あのお坊ちゃまは普通じゃねぇぞ。いろんな意味でな。」


 そのコンスタンツェ殿下の事はよく知りませんが、審判官がなぜでてくるのですか?


「神殿の人間の誰がニルダヌスの罪を測ると思う?

 それこそ異端審問官のお出ましだぞ。

 お坊ちゃまのような政治調整するお育ちの良い審判官じゃねぇんだ。

 出てくるのは、お前が見たことも聞いたこともねぇような拷問の玄人だ。

 ガチガチの拷問士が登場するぞ。

 罪の有り無しなんぞ関係ない、罪を確定するだけの奴らだ。

 寸刻みで切り刻んで塵にするだけだ。」


 そんな。


「神殿は善人の集団じゃねぇんだ。

 神を頂く頭のオカシイ人間が殆どを占める国なんだ。

 そこの舵取りをするには、正しい人間じゃぁ務まらねぇ。

 審判官と審問官を混同する輩もいるが、本当の意味で司法に寄り添っているのは坊っちゃん殿下の組織の方だ。

 それでも人間を人間として扱うかは疑問だがよ。

 だが、神殿の審問を受け持つ者は、真偽は神の御心のままにだ。

 ニルダヌスの魔導云々の告白は、死刑宣告にしかならねぇ。

 だからこそ、その孫は神殿で保護してるんだ。」



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