第774話 手紙 ⑧

 図太い自覚は無い、けどなぁ。


「この部屋に洗濯物を干すやつが他にいるかよ。

 まったく、書類仕事を洗濯物の下でするんだぞ」


 あはは..


「お前、どこか大雑把なんだよなぁ」


 否定できないので、黙って髪を乾かした。

 その夜は、安らがないと予想していたのに、枕を頭につけた途端に眠りに落ちた。

 風呂のお陰か、温かだったからか、寝過ごす程に深く眠った。


 ***


 顔を洗う水音で目が覚める。

 ぼんやりと布団に転がっていると、身支度をする背中が目に入った。


 獣人は、髭が生えるとどうなるのでしょうか?


 私の疑問に、男が朝から爆笑した。


「どの種族の雄も、髭が生えれば伸びるし髪があるなら、それも伸びるなぁ。

 まぁ、わかるわかる。

 つまり、俺が擬態を解くと獣面になる。

 髭はどうなるんだって話だよな。

 伸びた分は、獣面でもボサボサしてんのか?

 ボサボサにならないとしたら、何処に消えるんだ?

 人族の子供に聞かれそうな質問だよなぁ。

 まぁ髭の分がどうなるのか、俺にもわからん。

 見えねぇし、誤差程度に毛並みが変わってもわからねぇとしか言えねぇなぁ。

 髪の毛だって長髪だからって毛並みまで長くはならねぇし、神様に聞いてくれや」


 髭を剃り、顔を洗う。


 当番従卒はつかないのですか?


「普通はつくが、俺は今、休暇中らしいぞ。」


 らしい。

 ..なるほど。


「何がなるほどだ?」


 旦那の生業も大変だなぁって。


 今までも、一応着替えを見たことはありますけど。

 こんなに武器を仕込んでたんだなぁって、まぁ、大変だなぁって。


「そりゃどうも」


 ほぼ下着姿で顔を洗う男の側、床の上には山になるほど金物が置かれている。

 それでも完全武装ではない。

 普段着の下だ。

 人族なら重さで歩けない重量の、刃物や何かを着込む生活。

 そりゃぁぐっすりと寝れるわけもない。


 嫌な休暇ですね。


「ははっ、このくらい着込むのは普通だ。

 そうだなぁ、他の、イグナシオ辺りだともっと面白いぞ。

 飛び道具と火薬まみれだ。

 寝煙草はできねぇな」


 比較対象が普通ではないと思うのですが。


 そんな会話をしていると、テトが起きた。

 昨日は寝台の端と端で眠る私達の間で悠々と伸びていた。


「そいつと雑魚寝は勘弁願いたいな。

 お前の方に寝返りを打つ度に、爪が肉に食い込んでくる。

 寝辛いし地味に痛い。」


 すいません。


「それもじっくりと静かに前足乗せてきて、ザクッと来るから気がつくと血が出てる」


 カーンの抗議に、テトも前足で顔を洗いながらフフンと鼻で笑う。


「いつか毛を毟る」

(ばりばりしてやるっ)


 お互いに挨拶代わりで威嚇し合う。

 カーンも子供じみていた。


「火を入れるから寝てろ。

 出発は明日の朝になる。

 今日は体を休めておけ」


 クリシィ様に挨拶をしたいのですが。


「面会は無しだ。代わりに手紙を書け。」


 下の教会にいるんですよね?


「ウォルトと商会の者が教会を調べている。

 前任の神官の骨の殆どは出身地に送られたが、一部残留物が納骨堂に残っていた。

 身の回りの品もそうだが、教会の壁を剥がす程度の調査をしている。

 城塞内の町も全体が洗浄対象にもなっている。

 寄生虫の他にも恩恵を騙った毒物が出回ってないのか、それも調査しているんだ。

 巫女頭を戻したのは勝手に教会施設を調べ回る訳にはいかないからだ。

 そんな場所に顔を出したとして話にもならんし、戻って検疫なんぞしてたら出立なんぞ何時になるかもわからん。

 出掛けに手紙を残せ。心残りはあろうが、今生の別れにはならん。」

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