第878話 モルソバーンにて 其の六 ⑦

 そのため息に、ザムが気遣うように私を見た。


「何が、いえ、何かまずいと思うことがあるんですね」


『見えない守りは、理の中でも強い力を持っていました。

 見落としではなく、神が隠していた事だからです。

 それこそ、この世には無い事だと定めて分けた。

 貴方方の、人間の生きる世界を守る壁ですね。

 私がそのひとつの約束、壁を弱めた。

 確かに、壁を低くすれば乗り越えて、世界を広くする事ができます。

 ですが、それは人の暮らす世界の外へと踏み出す事。

 それは魔導の世界、穢れが蔓延る場所かもしれません。

 そして腐土なる死者の世界かもしれません。

 夢物語に語られる魔物や、人外が見えてしまうかもしれません。

 今まで人の理が守る、在るべき場所から外へと堕ちていく道かもしれない。

 どちらにしろ、影響は確実で、貴方方の得ていた神の恩寵を奪い去った事は事実なのです。

 この私が、貴方方を呪い、魔物の世界を広げたという事です。』


「一つ、聞きたい」


 語る間、聞き入っていたイグナシオが問う。


「腐土領域で、この力はどのように作用する?

 俺は何れ、あの場所へ行く」


(魔の作用は受けないね、我等が神の支配下である。

 呪いは二掛けはできない。

 食べ物の折半はしない主義なのさ)


 静かに。


(大丈夫さ、彼らは、まだ聞こえないよ)


『腐土領域とは、理の循環が滞る場所である。』


(真実を求めてはならないよ。

 僕の罪を紐解くには、まだまだ君の原罪だけでは、無理だからね。

 過去の出来事は、人によっては見方が違うって事だけは、教えておくよ。

 今は、グリモアが許す呪術の知識としての開示はしよう。)


『ボルネフェルト公爵が関与していたとしても真実は不明である。

 あの場所で起きている事を私は知らない。

 過去、現在、これから起こる事はわからない。

 しかし、呪術的観点からは語る事はできる。

 かの場所は、理の循環が絶たれている。

 故に、人は長くいると精神と肉体に影響がでるだろう。

 回遊する事で生きながらえる魚のように、生け簀では死ぬという意味だ。

 死の理が変質しているため、生き物として人間は耐えられないのだ。

 耐えようとして、魂が先に狂うのだ。』


「死の変質か」


『神の定めの中で生きる人間は、死する定めによって生きているのです。

 その神の定めに逆らい生きるモノは、人間ではないでしょう。』


「確かに、そうだ」


『では、そんな場所に今の貴方方が置かれたとしてどうなるのか?

 私の行いがよくないものだと先に言いましたよね。

 これも証明になるのでしょう。

 私は先に神の理の一つを失せさせた。

 それは私の神が手跡つけたという事。

 すでに貴方方を変えている。

 神は己がものを2つに分ける事はありません。

 貴方方は、徐々に変わる。

 異形は見え、穢れの影を手にとれるように。

 問いに対しての答えとしては、


 既に変化してしまっているので、腐土にて魂や精神が変調を来すことは無い。


 でしょうか。

 既に、貴方方は、私の所為で変わってしまったのですから。』


「それは俺が、神に罰せられるべき罪になるのか?

 これから俺は魔物になるのか?

 俺は、俺自身を焼き払うべきか?」


(人か魔物か、それを決めるのは、魂の在り方だけさ。

 君が最後まで人であろうとするならば、君は人だ。

 我等が神は、魔の神は、人も魔も、命として見ているだけさ。

 魔導に堕ちる事がなければ、皆、等しく我等が仲間なのさ。

 まぁこの男の神が、我等が神と同一であるかは不明だけどね。

 因みに、神聖教の開祖はね..はいはい、黙るよ)


『..いいえ、神は私を咎人とするでしょうが、貴方方は許されるでしょう。

 理を破綻させたのは私ですが、貴方方は、今も変わらず神の手のひらの上にいる。

 貴方が人間である事に変わりはなく、心根も貴方のままである。

 何も恥じる事は無く、神の大樹にて眠る子のままである。

 私が影響を与えた事によって、貴方の信心も貴方の神も変わる事はありません。』


「なら、俺に問題はない。

 腐土にて、戦えるなら尚を良しだ」


『問題だらけです』

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