第879話 モルソバーンにて 其の六 ⑧

「何が問題なんです?」


 ザムは、背中を向けたままのカーンを見てから、私に問う。

 困らせてしまったようだ。


『問題は、この私の呪いは拡散していくのです』


「拡散?」


『脅威を知らしめるだけと考えていました。

 けれど、貴方方の変化を見て考え違いをしていた事に気が付きました。

 私の行いは、きっと徐々に広がっていくでしょう。

 徐々に広がり、人々をもっと深く変えていくでしょう。

 私の考えの浅さ故に、もっと早く手をうち、違う警告をすればよかったのです。

 ギリギリまで迷った結果、こうなった。

 私の手落ちです。』


「それが問題なのですか?

 俺達に化け物を見えるようにした。

 貴女の手助けの何が悪いのです?

 死んでしまうより良いことでしょう。

 そうですよね?」


『神の決まり事を変えた結果、人が変化した。

 人が変化すればどうなるか?

 人の暮らしも変わるのです。

 争いが起きるかもしれません。

 見えないことで平和に暮らしていたのに、それができなくなるかもしれない』


「それは問題にならないですよ、巫女様。

 この世界は元々、争っているし、毎日のように殺し合って人が死んでいるんです。

 それは不思議な力の所為でもなければ、化け物の所為でもない。

 ろくでも無い人間が原因ですよ。」


『だとしてもです』


「カーン」


 イグナシオが呼んだ。

 微動だにしない背中に呼びかける。


「カーン、いつまで落ち込んでいるんだ

 話を先に進めたいんだよ」


『落ち込む?

 怒っているの間違いでは』


「俺も落ち込んでいますよ、巫女様。

 結局、喋れなくなったのは、俺達の所為でしょ」


『違いますよ、私がグリモアを十全に扱えないのが原因です』


「違わないでしょう?

 死人を送り出した後から、貴女は喋らない。

 俺達が弱かったから」


『違います』


「巫女、お前は巫女なのか?

 お前の力は、あの人殺しの物だった。

 それが神の慈悲に同じというのか?」


「コルセスカ卿、死人を成仏させるんなら、巫女様ですよ。

 別段、どんな神様の使いでもいいじゃないですか」


 イグナシオは私を見下ろすと鼻で笑った。


「成仏、成仏か。

 東の僧が言う、因果の話に似ているな。

 結果がすべて、穢れが見えるのならば、それは善によるものか?」


「それ以前の問題ですよ。

 命を助けられたら、返すのが礼儀でしょう。

 あの禿鷹の狂人どもでさえ、命には命を返す。

 俺達ゴミが守る最低限の約束だ。」


「確かに。

 命には、命を。

 それにお前が何であろうと、お前が何をしようと、俺がすべき事を阻まなければ問題はない。

 我が神の御心に背かなければ。

 お前が何を信じていようとも、どんな嘘をつこうともだ。

 神の国へと続く道を邪魔しないというのなら、それでいい。

 さぁ、墓の話だ。」

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