第877話 モルソバーンにて 其の六 ⑥

『..モルソバーンは攻撃を受けた。

 アーべライン氏も思い至ったのでしょう。

 見えない敵がコルテスの領土を荒らしている。

 では、敵の目的は何だ?』


 身動きならない頭領の土地だ、削りとる時間はあった。

 だが、削り取られたとは、まだ言えない。


『基幹産業に打撃を与える事でしょうか。

 鉱山、貿易、収入源である石材加工の停滞。

 主要人物の抹殺、氏族の頭も潰す。

 未だに勝者がいないのが不思議です』


「公爵とアーべラインが死んでいないからではないのか?」


 イグナシオの言葉に、私は考える。


『侵略戦争ならば成果が必要です。

 そして時間をかけた割に、未だに領有地が変わったとは伝え聞こえていません。

 五年も頭領が音信不通の状態が続いているのにです。

 そしてこのモルソバーンにしても、我が物だと誰も宣言は為されていません。

 公王法具という決まり事があったとしてもです。

 では戦争、支配権の争奪ではないとする。

 恐怖や憎しみによって殺し合っているのか?

 それにしては攻撃手段が特殊すぎるでしょう。

 ならば、もっとうまく事を運ぶことができるのではないでしょうか。

 モルソバーンで言えば、魔導の異形を呼び出して、住民を食わせるのは馬鹿げています。

 もっと簡単で効率の良いやりようはいくらでもあるはずです。

 生かさず殺さず、アーべライン氏をそのままに、采配をふるう事もできるのではないでしょうか?

 中央への働きかけも、さも救済という形をとればできるのではないでしょうか?』


「目的、理由か」


『アーべライン氏が生きている事。

 生きて責め苦をする理由は何でしょう?』


「何かを欲しているからだろう」


 他所を向いたままのカーンが答えた。


『そうです。

 アーべライン氏は未だに、何かを敵に譲り渡していないのです。

 単に、死して公王法具の記録を終わらせたいのではない。

 拷問を続ける必要はないのです。

 彼を野ざらしにすれば、いずれ命は消えるのです。

 魂を囚える必要はないのです。

 公爵が死ななかったから?

 なぜ領民はすべて死んでいないのでしょう?

 公爵に求めるものとアーべライン氏に求める事柄が違うからでしょうか』


「同じだろう」


『己で手をかけて殺すことを忌避するのは同じですが、アーべライン氏は拷問を続けています。迂遠な方法としては同じですが、氏を拷問するのは、それだけの理由があるのです。

 苦しめるだけではない。

 苦しめて、何かを手に入れたいのでしょう。

 魔導という負債を負うことになっても』


「そもそもだ。

 魔導?とは何だ。

 さっきの化け物や、この糸は何なんだ?」


 イグナシオの問いに、闇に泳ぐ糸を見る。


『悪いモノ、穢れです』


「説明しろ」


『化け物が見えなかったのは、この世、森羅万象の中に無い存在だからです。

 この世に無い物。

 我等が神が定めた領域の中に無いモノです。

 精霊や妖精、夢物語に出てくる異形、化け物とは違います。

 私達が口にする化け物、異形、悪魔、魔物、不可思議で見えない物とは違うのです。

 森羅万象、神が囲う我等の世界に無いモノ、穢れ、災厄、蝕むモノ。

 その無いモノを、囲いの外から招き入れる力が魔導なのです。

 先ほど我々を襲った化け物も、このアーべラインの糸も、元が何であれ、この世に属さぬ穢れなのです。


 そして本来ならば、見えないとは、相容れず関わりになる事が無いという事です。

 私達が見えないように、相手方も害を及ぼすことはできない。

 本来なれば、神の理が分けているはずのものなのです。

 その囲いを壊すのが魔導、なのです。


 では、呪術と何が違うのか?


 考えていました。

 私の行いは、穢れと何処が違うのでしょうか?

 呪術によって貴方方の守りを私は壊しました。

 私の声が聞こえる。

 これは恩寵ではありません。

 正直に言えば、私が間違ったのです。

 本来得られるべき、理の正しい恩恵を失わせたのです。

 見える事、聞こえる事が良いとは限りません。』


「俺は敵を焼かねばならんのだ。見えて何が悪い?」


 イグナシオの言葉に、ため息が漏れた。

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