第876話 モルソバーンにて 其の六 ⑤

「俺達が聞こえるようになったのは、先程からだ」

「そうだな」

「おかしいだろ?」

「何を今更..」


 それにカーンは目を見開いた。


「..あぁ、畜生!」


 舌打ちの後に、カーンがゆっくりと私を見下ろす。


「嘘をついたな、オリヴィア」


 何の話だ?

 驚いて見返す。

 と、同じく疑問に思ったザムがかわりに問うた。


「どういう事です?」

「俺と此奴が念話を始めたのはいつだ?」

「それはオンタリオの公爵殿を見つけた頃からですか」

「夜明かしで血反吐を吐いた時からだ」

「あぁそうでした」

「じゃぁお前らが聞こえるようになったのは、いつだ?」

「さっきの化け物が見えるようになってから、ですかね」


 首を傾げるザムに、イグナシオが呟いた。


「娘は喋れない」

「それが?」

「声が出ないんじゃない。無いんだろ?」


 徐々に意味が分かったのだろう、ザムの目が丸くなった。


(おや、わかるようになったね。

 うん?

 わからないのは君の方か..

 魔が見える。

 穢れがわかるようになるのは、こういう事なんだ。

 ただ、視力が良くなる事とは違う。

 概念の浸透、認識の変化なんだよ。

 命運が変えられ、彼らは宮の主の恩恵を受けた証拠でもある。

 呪われ、君が見えている世界を共有したんだ。)


「俺達は化け物が見えるようになった。

 今は娘とカーンのお喋りも聞こえる。

 そういう事だ」

「えっと..見えないことが見えて、聞こえないはずの事が聞こえている?

 聞こえないって、声..声が無い?」


『違いますよ。

 念話ですからね、いずれ戻りますよ。』


 それにイグナシオは肩を竦めた。


「だといいがな」


「声を無くしたんだな、オリヴィア」


『いいえ』


「俺に嘘をついたな」


『いいえ』


「さっきの事でも、失ったんだな?」


『いいえ、さっきの事では何も』


「嘘つきめ」


(昨日まではわからない話だった。

 だって、認知できない事だったからね。

 そして宮の主の恩恵を受けた。

 彼らは無知ではいられない。

 魔を祓うは、たとえ代償を払わずとも術者の命を削るものだとね。

 そう、君の不思議な力は、決して楽をして得られるものではない。

 あたりまえだよね、ただより高いものはないし、ただで命運は変わらない)


 違う。

 これは私が望んだことだ。

 誰かの為ではない。

 私の為なんだ。

 もう、手遅れなのか?

 二人までも巻き込んで、いや、もっと広がってしまうのか?

 私と近しい人は、皆、巻き込まれていくのか?

 言葉を続けられぬ私に、カーンは目を光らせた。


 あぁ怒らせた。

 と、その瞳を見つめながら思う。

 見つめていると、カーンは暗い通路の先を見据えるように背を向ける。


「墓の話をしろ、時間がもったいない」


 背を向けた男を見やると、イグナシオが言った。

 私は情けない気持ちを抑えると、状況を整理しようとつとめた。


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