第875話 モルソバーンにて 其の六 ④

(君は勘違いしているよ。

 不可視の理を外すした事が原因じゃない。


 別の話、の話だ。


 これは神が定めの事なのさ。

 理を外した影響もあったけど、君が彼等の助命を願ったのが定めに触れただけ。


 最初は、君の故郷の竪穴の中だ。

 死の定めを覆した。

 あの不死鳥館での行いも含まれるね。

 供物の君が願い、己を差し出しただろう。

 そして先程の行いもだ。


 どれもが、死の定めを供物が願いによって曲げたんだ。


 どうか愚かな彼等を生かしてほしいとね。

 罰当たりを、生きて返してほしい。

 術の肥になりそうな、彼等を守ってほしい。

 異形の餌食になり、死ぬ命運を変えてほしいってね。


 宮の主は公平だ。


 死を定めを守る事。

 人の領分。

 死者の領分

 正しく魂が巡る事を定めているのさ。


 それを一つの命が願い、曲げる。


 君が身を命を削ると決め、失われるはずの運命を曲げたんだ。

 神が目を向けるのは当たり前だろう。


 焦らずに聞きなさい。

 君のお喋りを聞かれたくないのなら、落ち着きなさい。


 これは避けられない話なんだ。

 わかるだろう?


 事、誰かの生き死にを曲げる行いをすれば、必ず代償があるのはわかるね?

 それは己が身を切り刻んでも、生贄の羊を捧げても、幸運の星を得られた者でさえも、必ず支払う事になるのだ。


 運命を変えるとは、そういう事なのだよ。

 足枷があるからこそ、生死を曲げる術を使うのを躊躇う。

 これが呪術が魔導にならぬ為の決まり事、定めなんだよ。

 むしろ、こうして手跡が残らねば、彼等の魂は腐るだろう。


 よくよく考えなさい。


 君は彼等が生き延びる事を願った。

 代償を恐れて死ぬほうが良かったかな?)


 私から奪うだけにしてほしい。


(よくよく考えなさい。

 それはうぬぼれであり、傲慢だ。

 浅学でもある。


 誰かの命が奪われる事を恐れるというのなら、もっともっと学ばねばならない。

 呪術という商売をだ。


 呪術とは見えぬ不思議な力を振るう、楽しいおとぎ話ではない。


 命という商品を扱う商売だ。


 命、この世すべての命、物を取り扱う大商人だ。


 神と人、魔を相手に商うのだから、神が定め、人の定め、魔の事々を知らねばならない。


 特に、命の商売は重要だ。

 君は一握りの金で、命を繋ぐ水を交換したい。

 金と命の価値は、状況で変わるのはわかるかい?

 都市に暮らせば金が価値を持つ。

 人さえ暮らさぬ荒野で水を求めるのに、金は価値を失う。


 そして命の価値は、君が支払いと同じかな?

 君の価値、誰かの命の価値だ。


 同じ価値にはならないだろう。

 どちらも塵かもしれないし、黄金に値するかもしれない。


 代償を恐れるならば、運命に逆らう事を止めるといい。

 君は人の成せる以上を望むのかな?

 僕と同じになりたいのかな?

 君は、堕落を選ぶのかい?

 傲慢に、愚かを選ぶのかな?)


 私が何も言えずにいると、イグナシオが苛ついた感じで言った。


「便利になったんだ、別段よかろうが。

 それよりも、早く話を始めろ」

「多分、早く焼きたいんですよ」


 と、とりなすようにザムが続ける。

 私はそれに薄ら笑いを返しながら、己の馬鹿さ加減にうんざりとした。

 そうだ。

 傲慢故に見落としていた。

 神は、公平であり無慈悲なのだ。


「問題はあるまい、お前の声も戻れば、この念話とやらも..」

「どうした?」


 カーンの問いに、彼はじっと相手を見返した。


「何故、今更、聞こえるんだ?」

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