第874話 モルソバーンにて 其の六 ③

 壁に鉄の輪がついた楔が打ち込まれている。

 それが足場なのだろう。

 カチカチと鳴る足場に体を置くと、闇が目を覆う。

 後は手探りだ。

 縄を片手で手繰ってもよいのだが、そんな度胸は無い。

 穴の中は生暖かく、空気は密やかに動く。

 部屋へと冷気が吹き上げていたはずだ。

 ところが淀む闇の中は、ぬるりと湿気っている。

 そしてじんわりと暖かく、土の匂いがした。

 段にして二十ほどか、不意に視界が戻る。

 相も変わらず暗いが、それでも視界をかき消すほどではない。

 下を見るに回廊のような広い場所に繋がっていたようだ。

 穴は通路天井にあり、床までは結構な高さがある。

 縄は穴の縁から少しの場所まで垂れ下がるが、下までは飛び降りねばならない。

 待ち構えるカーンが手を広げて促す。

 まぁいつもどおりだ。

 手荷物のように受け止められ、そのまま抱き上げられる。

 背の壺も無事だ。

 さてと見回せば、通路は左右に伸びている。

 どちらを向いても変わりなく、先へ先へと伸びていた。


「位置的には、多分、穴の楔の位置から見て、左が外殻外、右が街の中心方向だ」

「どっちに向かう?糸は、左だ」


 何故か三人に覗き込まれて、私は眉を潜めた。


「元々、お前が見えていたものだ。

 どっちがいいんだ?」


 仕方なく、左を指す。

 そうして先頭をイグナシオ、カーン、ザムの順番で進む。

 私は念の為、下ろしてもらうと歩くことにした。


 通路に変わった様子はない。

 不思議といえば、何の為の通路かだ。

 外殻の付属物だろうか?


「違うだろう。

 モルソバーンの外殻はそこまで手をかけていない。

 戦目的の城塞の外殻ではないからな。

 下水道でもない、遺跡かもな」


 確かに通路の作りは古く、上に拡張していったとも考えられる。

 だが、あの竪穴は、新しく作られた物だ。

 新しく、必要に迫られて作った穴だ。


 じゃぁ穴を開けて何をした?


 答えが浮かぶ。


 じゃぁここは何だ?


 思い至り、私は歩みを止めた。


『旦那』


 それに三人が振り返る。

 先程と同じ愚をおかしてはならない。

 言うべきことは言うし、彼等が傷ついて後悔するより、己が呪われたほうがましだ。


「どうした?」


『旦那、ここは墓だ』


「それで?」


『この壺は、ここから掘り返した。

 わざわざだ。

 異形を呼び出し、祟るようにだ。

 このモルソバーンを祟るように仕向けたんだ。

 少し、説明しておきたい。

 通路端によって、他の二人にも伝えてほしい』


 私が言うと、カーンは少し唇を歪めた。

 どうやら、笑ったようだ。


「別に伝える必要はない」


『厄介な状況なんです』


「いいんだよ、此奴らに、お前の声は聞こえている。」


『そんな馬鹿な』


「どうしてだ?

 俺だけに話しかけているのを忘れていたんだろう。

 念話とやらが聞こえてもおかしくはあるまい?

 それともおかしい話なのか?」


 何を見落とした?


 私とカーンを繋ぐのは、宮の主が約束だ。

 何を間違ったんだ?


 理の一つ、見えずの守りを取り去っただけのはずだ。

 だから、約束は変わらず宮の呪いが手をつけるのは、私とカーンの二人だけだ。

 宮の主が求める約束の..


(君だけが支払って終わるのを、僕たちが許すと思うのかい?)


 ぎょっとしてイグナシオとザムを見る。


(僕達の声は聞こえていないよ。

 まだまだ、客として招くほどではない)


「お前の声が聞こえる度に、此奴らの耳を動く。隠しようもねぇ話だ」


 しくじった。

 私の手落ちだ。


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