第147話 宿場の夜 ④

 この町には神殿教会の代わりに、拝火はいか教寺院がある。

 神聖教と統合された拝火教は、僧と呼ばれる宗教家が浄化の炎を崇めまつっている。

 この町の寺院も小さないおりに年老いた僧が一人暮らしており、町の住人の墓を守っていた。

 僧は、神殿のように孤児の養育まではしておらず、隠者のように暮らしていた。

 ここで適当に預ければ、子供など売り買いされてしまうのが目に見える。

 孤児を率先して養育しているのは、神聖教神殿だけである。

 拝火教の僧が預かり神殿に引き渡すと誓ったところで、その先はわからない。飢えず喰わせるために売る場合もある。

 そして当の僧侶に聞けば預かる体力もなく、売り買いの手から子供を守る事はできない。と、はっきり言われた。

 己の領分をはっきりと示せるのは立派だと思うが、零落した宗派が未だに残るのは、現世との関わりが薄いためだとわかる。

 そこでエリを預けられる規模の神殿教会か、領主代官のいる街へと連れて行くことになった。

 それを優しさや慈悲と思う私がいる。

 だが、あの宮で怒りを買ったと同じ理由なら、優しさや慈悲ではない。

 カーンの中の何か曲げられない信条があるのだろう。

 だとしても良心的な判断をしたカーンに、私はホッとした。

 私も何処かで身を潜めて暮らすだろうが、それまでにエリが無事に生きられる場所を見届けたかった。

 ただ私自身が凶事を抱えている。

 そして地の底の神が行いを見ている限り、一処に留まる事はいけない。

 長くエリの側にいてはいけない。

 それでもだ。

 エリは昔の私だ。

 爺と同じく大人が責任をもって、生きる場所を与えなくては駄目だ。

 それに正直に言えば、私に覚悟がたりない。

 ひとりぼっちになる覚悟だ。

 だから、エリが落ち着いたら踏ん切りをつけるんだ。と、決めた。

 ひとりぼっちになるぞ!って意気込むのは変だけどね。


 ***


 宿場の宿屋は三軒ある。

 商人向け、旅人向けの安い店、そして高級な店だ。

 カーンは軍馬が十分に休める高い店に入った。

 私がエリと一緒に安い店に入ろうとすると、遠慮するなと高い店に連れ込まれた。

 そうして道案内料とエリの面倒を見させる手間賃代わりだと、一部屋エリと私にあてがった。

 私はエリを部屋で休ませると、うまやに急いだ。

 宿屋の馬番に指示を出していたエンリケに代わる。

 彼とて久方ぶりの宿だ。

 私が馬の面倒を見るというと、エンリケは宿の中へと入った。

 礼方々、すまんが先に風呂に入る、お前もぜひ入れ。と言われた。

 ここは蒸し風呂ではなく源泉からひいた温泉風呂らしい。

 足取りも弾んでいる事から、彼は風呂好きのようだ。

 エンリケが去ると馬番が思わず息を吐いた。

 そして私がため息に気がついたことを知り、馬番の男はバツが悪そうに微笑んだ。

 荒くれ者が訪れる宿場でも、彼らは異質のようだ。

 すっかり忘れていた。

 戦闘種の獣人、それも武装した男達が来たら、これが普通の反応だった。

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