第148話 宿場の夜 ⑤

 獣人兵、それもひと目で王国の物騒な輩と知れる者が来て、喜ぶ北の人間はいない。

 混血で軽量とよばれる獣人ならば、そこそこ見かけもする。

 だが身の丈も、亜人や短命人族種を越える大きな者達だ。

 荒くれ者ではないと言われても、その大きさだけで皆怖じけもする。

 最初は私も恐れをもって接していた。

 だが、私自身が変わってしまった後だ。

 己が生きた真っ当な人であるのかも疑わしい。

 更に、顔には入れ墨までもある。

 顔に施す入れ墨を野蛮とするのが、東部人族としては一般的な考えだ。

 そこで私の顔にはしる紋様はどう見えるのか?

 厩の馬番は、私を彼らの奴隷と考えたようだ。

 この紋様は、彼らが買い上げ彫り込んだ。

 確かに貴族の酔狂ならありえる。

 自分の奴隷に模様をつけるのは、所有者をはっきりとさせるためだ。

 亜人の子供なので、そう受け取られたように思う。

 幸いなのか怒るべきなのか。

 馬の世話がよくできるようにと、水場の使い方など教えてもらいつつ思う。

 一人ぼっちになった時、逃亡奴隷などと勘違いされたら厄介だと。


 ***


 宿屋の食事はマズかった。

 塩気が効きすぎているのと疲れた油を使っている。

 私とエリは早々に食事を切り上げると部屋に戻った。

 手持の金を使わずに、宿代も食事代も済んでいる。

 食事の不味さは、想定内。

 浮いた食費と宿代で、エリの衣服と消耗品を買うことにした。

 部屋から出てきた私達は、スヴェンとオービスの二人組と出くわした。

 男達は時間を分けて外出するらしい。

 金品の番に、必ず誰かが残るよう順繰りにだ。


 スヴェンとオービスは、彼らの中では年重に見える。

 どちらも濃い髭の生えた大男だ。

 肩の筋肉がもりあがっており、物語の中の海賊めいた雰囲気をもつのがスヴェン。

 少し猫背で両腕の筋肉が太い男がオービスである。

 彼は口が重く少し吃音気味だ。

 闇夜に出会ったなら、悲鳴をあげるような風貌の男達である。

 カーンより少し身長が低いが、その分、体の厚みが倍ある。

 それが廊下に二人もいれば、見るからに息苦しい。


「知らぬ者に、連れ出されぬよう。これを首から下げ、必要だ、と思ったら吹き、なさい」


 ゆっくりとした喋りで、オービスが小さな笛をエリに渡した。

 何かあったら笛を吹けという事らしい。

 目を見開いて、巨人を見上げるようなエリが面白かった。

 確かにそうだ。

 声の出ないエリは助けを求める事もできない。

 礼を言うと、オービスが笑った。

 白い歯が光って怖かった。

 が、それこそ失礼な態度を取りたくない。

 会話をつなげるために、隣のスヴェンに何処に出かけるのかと、聞く。


「所要である」


 と、実に素っ気ない返事。

 どうやら女子供の耳に入れるべきではない場所へと行くようだ。

 実に真っ当な紳士的配慮らしい。

 当のスヴェンは、その配慮の為にオービスに負けぬ凶相になっている。

 ニヤけるのを我慢しているらしい。

 楽しそうにお互いを突きながら、二人は出かけて行くのだった。

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