第240話 英雄は来ない 中 ②

 呪とは何か?

 私の口はなめらかに答える。

 知らぬはずの、よく知る事柄を。


「呪とは何かと問われれば、伝統、技術、風習という答えになります。

 様々な宗教儀式、民族ごとの慣習もです。

 その中で、特に人の精神や現実の事象に影響を与えるものを呪と呼びます。」

「現実ですか」

「思考の規範に影響を与える意味では」


 それにサーレルは答えず、顎に指を添えると考え込んだ。


「逆に思考の規範に適合する呪を、祈りと言います。

 呪と祈りは同一ですが、それぞれに与える影響が違っている。

 付け加えるならば、今現在の中央大陸の文化は、祈りの文化です」

「呪の文化があるということですか?」

「主流民族による淘汰された中央大陸の文化は、均一化されています。

 ですが統一前の大陸には、すくなくとも民族紛争が激化する以前には当たり前に、呪の文化が使われていた。と、考えられます。

 例をあげれば、フリュデンの城塞は、呪の文化文明の手による構造物でしょう。

 偶像崇拝として今は認められていない、水神像。

 土着宗教の民話としての、地母神信仰などが、その呪の文化系列になるでしょう。

 と、ここまで話しましたが、私のような者が講釈を続けてもよいのでしょうか?」

「今更だ。あの水路で助けられたのだ。不敬も何も無い」


 ライナルトは、顔の布を解いた。

 彼の片方の眼は灰色に濁っていた。

 毒、呪いの言葉が蝕んでいる。

 この土地全体に影響を与え始めているからだろう。

 エリは、手を伸ばすと濁った眼に手を当てている。

 それに彼は、薄く微笑んだ。


「それは邪教というものか?」

「では、さっそく不敬を問われるような言動になりますが。

 地母神信仰からの紋章を刻むお家柄の人が、邪教徒と土着信仰を一緒にされては困ります。これは文化であり民族ごとの伝統なのですよ」

「うむ、やはりその方面の学問を疎かにしすぎているか。侯にも言われているが、中々土地の事柄を深く学ぶ機会がなかった。」


 少なくとも現当主は、その呪術や伝統を熟知しているはずだ。


「呪と祈りの違いを具体的にいえば、対価を必要とするか否かです。これは少し後に話しましょう。

 先に、何か質問があれば」

「問題は、昨夜の騒動で死体が動いたという事です。

 これは他の問題よりも重大な事です。

 腐土領域の拡大は国の最重要案件に相当します。

 推論で構いませんが、誰が何をどうすれば、あのような事が可能であるかわかりますか?

 病毒ではないとは、一応、されていますが。

 死体は焼却するか、深く埋めねばなりません。

 事によっては係りになった全ての者に死が賜る事態なんですよ」


 サーレルの問いに口を閉じる。

 私にとっても、この話題は慎重にならざるおえない。

 呪術とは、ボルネフェルトが為した腐土領域の創造と重なる部分が多々あるからだ。


「推論になりますが、これは腐土で起きた冒涜とは違い、だと思うのです」

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