第241話 英雄は来ない 中 ③
毒により閉じられた瞼をエリが撫でる。
エリはライナルトを気に入ったようだ。
その姿を見て、青い男を思い出す。
ライナルトは、あの男に似ている。
不器用な男の、ぎこちない優しさ。
何もかも思うようにならない中で、足掻く姿。
(それはそうさ、彼も同じ氏族だからね。)
疑問だ。
あの青い男は、なぜエリを水路に戻した?
彼らは同じ氏族の者を大切にしながら、犠牲を強いる。
そこには何か目的があるはずだ。
大きな、どうしても覆せない何かがあるのだ。
ひとつ二つと、それらしい考えが浮かぶ。
だが、それでもしっくりとはこない。
目の前の二人、エリとライナルトを見ていると、奇妙な図式が見えてくる。
シュランゲの呪術師は、本当のところ何を考えているんだ?
(物語には、救い主が必要だ。たとえ、英雄が死ぬ運命だとしてもね。
けれど、この物語には、英雄は来ない。
ならばと、婆は考えたんじゃないのかな?)
「事故といいますが、死体が動いた原因は何と?」
「死体を動かすことが目的ではないのです。
盗人に制裁を加える事が目的かと。
それも死体を動かすのではなく、盗人を殺す為の罠ですね。」
「どちらにしろ動いたのですから、問題は同じではないですか?」
「違います。
言うなれば、彼らは引き止められただけです。
奥方が言っていたように、本来は、盗人は一瞬で死んでいた。
つまり命を奪う罠です。
ところが、奥方が干渉し罠を作り変えてしまった。
罠を完全に発動できずに不完全な形で死をふりまいた。
彼らは、奥方によって引き止められた形です。」
「同じではないのですか?」
「腐れた死体ですが、死にかけと考えればいいかと。
罠が完全に発動し収束するまで、彼らはあのままでしょう。
逆に言えば、完遂されれば、彼らは死者として眠る。
腐土で蠢く何かとは根本的に違います。
それこそ邪教邪法ではない。この世の摂理に抗うような事を成すなど無理なのですから。」
「十分、邪法に見えますが。その罠が呪であると?」
「罠は、最初シュランゲで広がる。
これは昔の土地ごとの約定で盗人をおもてに出さないための罠。
あの旧街道の土砂崩れが、その痕跡でしょう。
外に出さずに、内輪で解決する強硬手段ですね。
本来なら、逃げ道をひとつ潰した上で、盗人も埋めてしまえば終わるはずだったのでしょう」
サーレルは頭を振った。
「そんな力があるのなら、とっくにこの世は終わっていますよ。まぁ前提として、そのような不可思議な力が、方法論も含めて実現しているという事になりますが、実現してるんでしょうねぇ、嫌だなぁ」
「あったとしても、そうそうに使われる手段ではありません。フリュデンのように水路と結合しているような呪術方陣でなければ、無理です」
「何故だ?」
今度はライナルトが問う。
「そこで話が戻るのです。
呪とは何か?
先程も言いましたが、呪とは対価を求める祈りです。
対価、つまり、生贄や供物が必要なのです。
今の宗教儀式から人柱などがなくなったのは、祈りが呪に傾くのを忌避したからです」
「生贄が野蛮だからか?」
ライナルトの言葉に、笑いが溢れた。
野蛮とは笑止である。
人こそ野蛮の極みだ。
笑い出すワタシをねじ伏せる。
そうしてボルネフェルト公爵が語るお話を続けた。
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