第242話 英雄は来ない 下 ①
「野蛮だから、人の道に
建前はそうでしょう。
ですが、倫理的、道義的な意味で、忌避したのではありません。
この世の理を崩す恐れがある呪を、人は忌避したのです。
そして理とは、人の善悪とは異なるものです」
「理ですか、久方ぶりに聞きましたねぇ」
「カーンの旦那は、神学好きの嫌な子供だと思ったようですが」
「まったく子供だとぬるい対応になると思っていましたが、まぁいいでしょう、続けてください」
「理とは、この世界を構築する決まり事です。
この理を守らねば、この世界は崩れてしまいます。
世界が崩れれば、人も生きてはいけません。
そして、この理とは、生物の頂点にある人を基準にはしていません。
だから、人の考える善悪が、理と同じとは言えないのです。
では、理が揺らぐ、または、崩れる条件は何であるのか?
この世を支える決まりごとである理。
善悪ではないとしましたが、人の思考の規範からも影響を与える事ができるのです。
さて、呪とは何かと聞かれた時に、私は何と答えたか?
人の精神や、現実の事象に影響を与えるもの。
現実とは、今生きている人々の思考の規範に影響を与えるという意味でと答えました。」
「もっと簡単に言ってほしい」
ライナルトから要望が出る。
「人は生まれて死ぬという事を、皆、知っています。
これを大きな視点で考えるとこうなります。
生き物は、生まれたら必ず死ぬ。
これが理です。
そして現実に、私達は人は生まれたら死ぬと知っています。
これが今現在、人の共通の考え方、思考の規範です。
では、今、ライナルト卿は、この考え方が正しく絶対であると断言できますか?」
「腐土帰りとしては、私こそ断言できません。
つまり直接的に呪いなどというものをかけられなくとも、既に影響を受けている。そして世の決まりごとが変化してしまうというわけですね。」
と、ライナルトではなくサーレルが返した。
「極端な蛮行も、人の争いの内ならば、理に影響はありません。
殺し合った所で、この生きて死ぬ決まりごとに影響はないのですから。
けれど、呪が加わると、簡単に約束事が変わってしまうのです。
これがライナルト卿への答えのひとつです。
奥方様は、理を曲げ、人の世から足を踏み外したために、あのような姿になったのです。」
「つまり悪い呪術?を、つかったからか」
言い慣れないというより、馬鹿らしい言葉に思えるのだろう、ライナルトは口ごもる。
「悪いのではありません。
理とは、この世界そのものです。
朝になれば陽が昇る。
夕方になれば陽が沈む。
川は流れ、火は熱い。
これを曲げるような事と考えてください。
種族や寿命を変えようとする。
それが成就するという事は、人ではなくなると言うことです。
人では無いからこそ生きている。
理の強制力で奥方はああして生きているのです。
では、呪こそが悪であるのか?
悪ではなく、魔と結びつきやすい性質をもっているのです」
「魔ですか」
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