第243話 英雄は来ない 下 ②

「水攻めにあっていなければ、寝言と言い切れるんですけどねぇ」


 毒水を飲んだ事を思い出したのか、サーレルは腹をさすっている。


「さて、呪が頻繁に使われない理由のひとつがこれですが、もっとわかりやすく現実的な回答もあります」


 ライナルトは疲れたのか、両目を閉じている。

 少し俯いた男の頭を、エリが撫でていた。

 もちろん、片手にはあの玉が握られている。


「現実的ねぇ、被害が甚大になるからですか?

 それとも争い後の、後始末などで不可視の呪い等という訳のわからない力が厄介だからですか?」

「長い戦争をしてきたオルタスの人々が、そんな事で有用な力を放棄しますか?」

「まぁ、しませんねぇ」

「有用な武器でも、回数が制限されている物ってありませんか?」


 少し考えてから、サーレルは答えた。


「費用が高い?」


 私が頷くと、彼も笑った。


「呪を使うには費用がたくさんかかるんですね」

「生贄と供物ですよ。

 大きな呪いを使うには、見合った対価が必要になります。

 そこまでして呪うよりも、拳ひとつで殴ったほうが手っ取り早いでしょうね」

「こんなに詳しいのに、貴方は、ただの村人で狩人なんですか?」

「逆に聞きたい。

 中央大陸の民族が幾つあるとお思いか?」

「言ってくれますねぇ。

 確かに、私はこの北の歴史や文化は門外漢だ。それはライナルト卿もですか」


 サーレルの言葉に、ライナルトは冬ぐもりの空を仰いだ。

 空には雁が飛んでいた。


 ***


 鳥の群れは、隊列を組み空を飛ぶ。

 それは急に方向を変えると、薄い陽射しの方へと飛んでいく。

 この時期、渡りは既に南下している。

 北方より幾ばくか東の地であっても、寒さは厳しい。

 ただ、このあたりを越冬地にしている冬鳥もいる。

 あの雁の群れは急に方向を変え飛び立っていったが、あれもここで冬を越す鳥のはずだ。

 たぶん、トゥーラアモンの街の側にある湖を越冬地にしているのではないだろうか。

 何の気無しに追った鳥の姿に、ひやりと冷たい感覚がした。


 鳥が、東に逃げた?

(朝の散歩かも知れないよ)


「トゥーラアモンの水も毒が抜けたか確認をしなければなりません」


 私の疲れた声に、ライナルトが答えた。


「こちらの後片付けと死体探しが終わり次第、戻る。

 先に戻した者も侯に報告を終えている。

 水に関しては、確認が終わるまでため水で凌ぐようには伝えてある」

「それは良かったです」


 私が力を抜くと、エリが空を指さした。

 自然と、皆で天を仰ぎ見る。


 薄曇りの空、灰色の世界、そして鳥。

 鳥の点々とした黒い影が、空を旋回していた。

 それが見る間に数を増やし、黒い川の流れのようになった。


「どうしたんでしょうか?」


(お散歩じゃなかったね、フフッ)

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