第244話 蠎(大蛇)

 私はすぐさま、手近の木に手をかけた。

 屋敷の外、城塞の壁を越えて外を見るために、天辺を目指して登る。

 比較的大きな木だったので、半ば崩れた城塞跡の壁の外を見ることができた。


「見えますか?」


 トゥーラアモンの方向、街を囲む森林から鳥が飛び立ち、こちらに向かって来ている。

 森のすべての鳥が飛び立ったかのような、尋常ではない数だ。

 鳥だけではない。

 人を恐れる野生の生き物の姿も見えた。

 様々な生き物が一斉に森から飛び出し、人里であろうと川であろうとお構いなしに走り来る。

 森が揺れている。

 冬ごもりの季節に、巣穴を放棄し逃げ出したのか?

 目を凝らす。

 群青色の森がざわめいている。

 よく見ると、森の頭上の雲が渦を巻いていた。

 灰色の重みのある雲が円を描く。

 竜巻の前触れに見えた。


「トゥーラアモンの空がおかしい。竜巻のような雲が見える」


 私が怒鳴ると、ライナルトはエリを膝からおろし、兵士達の方へと走っていった。


「屋内、地下に避難したほうが良いようですか?」


 サーレルの問いを受けながら、私は手を翳し目を更に細めた。

 遠い空に、微かな揺らめきが見えた。

 鮮やかな緋色だ。

 筆で描くように、渦巻く空に緋色の線が描かれていく。


(呪術方陣ではないよ。

 すでに構築された小領域の扉だね。

 人に落ち度がないかぎり、開かないようになっていた。

 シュランゲで完結していれば、通り道に扉が造られる事もなかったろうにね。

 形だけでも、その子供に約束の印を持たせておけば、出てこなかったろうに。

 侯爵も何を考えているんだろうね。使ったら、終わるとわかっていただろうに。)


「終わる?」


(侯爵なら玉を証拠として手にしても、これ以上は呪われないと思っていたのかい?

 

 しょうが無いなぁ。

 さて、僕は詳細を語ることはしないけど、答えを与える事はできるんだ。

 けれど、答えを与えても、君は納得しない。

 だから、古い約束の枠組みだけを教えておくよ。


 神と人が約束をした。

 人が約束を破ると、神も約束を破ることになる。

 人が約束を破ると、神も実体を得えて魔になるのさ。


 さて、とうとう出てくるよ。

 どうする?

 ねぇどうするんだい?

 この世の誰が、アレを倒すんだい?

 楽しいねぇ、あんなモノを見られるなんて。)


 私は空を見つめることしかできなかった。

 緋色の線は、空を断ち切る。

 雲が、空が割れて、雷光と共に赤黒い裂け目が見えた。

 まるで腸がみえたような錯覚を覚える。

 次に裂け目から黒々ととした煙が尾をひいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る