第27話 銅貨

 ゆっくりと扉が開く。

 獣脂の燃える臭いが流れてきた。

 何者も飛びかかって来ないのを確かめると、カーンは扉を潜った。

 それに私も続く。

 どうやら、円蓋えんがい天井の大広間だ。

 視線が届く限り、人の手が入った天井が半分崩れ、岩肌が半分といったところだ。

 所々、壁に炎が見える。

 火屋で囲った角灯ではない。

 岩棚に彫った窪みに油が注がれ、灯芯が燃えている。

 崩れかけた床を分断し、黒々とした水の流れがはしっていた。

 床を埋める敷石も美しい紋様が描かれていたが、流れの辺りから薄暗い色の砂利になっていた。

 水と空気は動いている。

 腐った空気も毒もなさそうで安堵した。

 誰が灯をつけたにせよ、窒息して死ぬこともなさそうだ。

 角灯の灯を消すと、天井を見回す。

 天井の闇にゾワゾワと蠢く影が見える。

 蝙蝠か?

 赤い光点が無数に蠢いていた。

 灯りが牽制になってくれれば良いのだが。

 扉からは右正面に舞台のような場所がある。

 その奥が水の流れで、元々は何かの部屋のようだ。

 左手は闇に沈んでいる。

 空気はその闇に向かって流れていた。

 冷たいが外気ほどの痛さはない。

 全てが朽ち古びていた。

 だが全てが過去ではない。

 証拠に、誰かが灯りをともしている。

 袋の中の虫のような最後は嫌だが、免れる余地はありそうだ。

 部屋の中を見回し、出入り口を探す。

 いま出てきた扉は、物置に続くような小さなものだ。

 あの通路は行き止まりである。

 もしかしたら、あの壁沿いの穴に意味があるのかもしれない。

 調べようもないが。

 くだらない事を考えたが、この場所で行き止まりとはなるまい。

 少なくとも頭上の蝙蝠は生きている。

 カーンは壁を探りながら、崩れた壁と石を見て回っていた。水の流れから舞台へ彼は登った。

 私は彼に背を向けると、灯りの輪から外れないように見て回ることにした。

 空気が流れ、水がある。

 それだけでも少し希望がもてた。

 油断しちゃだめだが、風と水があれば、出口を探すことができる。できるかな。

 自信がもてない。

 森や山なら、簡単。

 それがここだと、方角さえも迷う。

 いつもなら直ぐにわかるのに、半ば祈るように辺りを探った。

 廃墟だ。

 やはり、残っている壁に紋様が刻まれている。

 たぶん、古代の文字ではなかろうか。

 中央大陸で使われている共通語に似ているが、並びがまったく違う。

 音として口に出せるが、意味がわからない。

 それが装飾的な図柄で、薄板にびっしりと刻まれている。それが石壁や床に散りばめられていた。

 往時はさぞや美しいものであったろう。

 白い壁、紺色の模様、優美な円蓋、凝った彫刻の柱の建物。

 この場所は何の部屋だったのか。

 村から出たことも無い私には、想像もつかない。

 人が集う場所だったのだろうか。

 半分崩れているのは、何故だろう。

 元よりそうだったのか、経過年数のせいなのか。

 人が放棄する原因は、自然災害だったのか?

 そもそも、ここは何処で、地の底なのか?

 さらさら流れる水を見ながら、私は顔をしかめた。

 先程、男に語った話。

 もちろん、大昔の事だという言い伝えだ。

 建物が残るほど、近い昔ではなかろう。

 建材が朽ちるどころか、砂になり跡形もない昔々だ。

 だが、私は顔をしかめ、気持ちが暗くなった。

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