第26話 神と子 ③

 たくさんの生き物が、神の与える力に群がった。

 神は、その生き物の中から、一番を選んだ。

 一番、生きる力が強く。

 一番、他者を恐れ。

 一番、争う事を好み。

 一番、欲深く冷酷な生き物を。


「欲深いとは、悪い事では無い。

 生きようとするのはあたりまえだ。

 良くないのは、自分の命であがなわなかった事だ」

「そりゃぁ欲が深いんだからな」

「生贄を差し出す行いが罪深いという話ですよ、旦那」


 人は、女を差し出した。

 神は喜んだ。

 女は器であり、神の力を宿らせる。

 これにて神は、橋を渡ることができたのだ。

 災いは人の世に降り、この地は荒野になった。

 地は裂け、多くの人が死に、獣は知恵を失った。


「わかりやすく言えよ、わけわかんねぇぞ」

「..力の恩恵に与ろうとしたのは、人の男だった。

 一応、言い伝え通りに話してるんですけどね。

 男なれば、傀儡くぐつとして操るつもりだった。

 だが、男は女を差し出した。


 人の方から差し出した。


 神は供物を受け取った。

 神は手を伸ばせないが、人は、女は境を越える事ができた。

 もちろん、女が望んだことではない。

 だが、女は神の子供を宿し、産んだ。

 そうして半神が生まれ、この場所から、人は駆逐されたのだ」

「男の神だったのか?」

「神は、人と交わらぬ。

 だからこの話は、異種との結びつきの話、異文化による淘汰とうたであったのかもしれない。

 けれど、神と等しく力があるナニカが、ここにいたのは確かだ。

 多くの人が死に。

 穢れた。

 人が招き人が滅んだ。

 神とは、救いではない。」

「お前、難しい言葉をよくペラペラ喋れるな」

「やめますか」

「続けろ」


 神は、人ならざるモノは、救いではない。

 神の子を宿すと女は狂う。

 狂った女から、半神が産まれる。

 人ならざるモノだ。

 残虐で冷酷、神に似、人に似、いずれも非道、貪欲で傲慢。

 神ならば許される性質だが、人の理からは尽く逸脱していた。

 人の世の理の中では、悪辣で無惨だとなる。

 唯一の救いは、女によって産まれたが、人の世に渡ったのは写身である子だけだ。

 神は、その忌まわしきモノは、未だ薄い境にある。

 子供は人神と呼ばれた。

 たくさんの女が狂った。

 大勢の人が死んだ。

 この地は徐々に楔が大きくなり、神の領域となりつつあった。

 このままでは境は無くなり、人も滅ぶというところまでになった。


「そろそろ、英雄の出番か?」


 通路の先に、青白い影が見えた。

 扉だ。

 ここまで不審な気配はなかった。

 暗闇の中に、うっすらと青白い扉が浮かび上がる。

 扉には蔦模様が描かれ、握り手は青銅の質素な輪だ。

 特に何かの細工は無い。

 鍵穴も無く埃の痕もない。

 最近開けたかどうかもわからない。

 カーンが扉の反対側につくと、私に開けるように促した。

 私は両手で輪を掴むと、重い扉を引き開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る