第28話 銅貨 ②

 我が村より北には神の山。

 我が村より南には険しき荒野。

 それを遮る森より先に人はいない。

 西の森には獣だけ。

 知恵を失いし獣だけ。


 ここは何処だ?


(わかっていよう)

 死面の声が、はっきりと聞こえた。

 聞き間違えかと、体に力が入る。


「そっちに何かあるか?」

 男の声に、ゆっくりと力を抜いた。

 一通り、舞台の検分は終わったようだ。


「壁が崩れている。多分、この方向に通路があったのでは」


 ナリスは沈黙している。

 流れる水は浅く透明だ。

 カーンがやってくると、水の中の影が逃げた。

 何か魚でもいるのだろう。


「どっかに出入り口があるはずだ、ほら」

 

 彼が差し出す手には、小さな銅貨があった。

 使い古されたものではない。

 それも地方銭と呼ばれる地方ごとに流通する貨幣ではない。

 中央の出来の良い物だ。

 真新しい銅貨は、ここ最近、この場所に落とされたのだろう。

 渡された銅貨を掌で転がす。

 私は半ば水に沈んだ石柱に腰を下ろした。

 カーンは、壁が崩れた辺りを見て回ったが、それらしい隙間も扉もなかった。


「暇ならさっきの話の続きでもしてろよ」


 言われて、話が途中だったかと思い出す。

 だが、先程のナリスの声に、気持ちが挫けていた。

 昔話、言い伝え、半ば信じ半ば現実的な解釈を求める自分。

 辺境の民は迷信深い。

 だが、何もかもまるごと飲み込むほどの寛容さは、私にはなかった。

 もっと普通の解釈ができるはずだ。

 神、なぞ見たことも無いのだから。

 ..疲れた。

 馬鹿な想像で心が挫けていた。

 昨日までの暮らしが壊れそうで、怖かった。

 怖くて考えすぎて疲れた。

 それに体感的には、もう夕暮れは過ぎて夜になっていると思う。

 もう少ししたら、ひとまずここで体を休めようと促すつもりだ。

 少なくとも頭上の輩はおとなしいし、灯りの油も十分だ。

 休める時に休んだほうがいい。

 悪夢は続きそうだから。


「神の領域だったか、まぁ邪神が出てきそうって話だったよな」

「邪神とは言ってませんよ、旦那」

「人間の女をはらませて眷属けんぞく増やして、その辺の生き物や人間殺したら、そりゃ邪神じゃねぇのか。

 それともお前の村とか、その邪神を崇拝してんのか?」


「旦那、神に人の善悪はありませんよ。

 悪い神なぞいないんです。

 嵐が村を襲っても、嵐は悪ではないでしょう?

 悪とは、人がもたらすものです」


いやなガキだなぁ、だがまぁ、真理って奴だな。悪いのは人間様だってのはよ」

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