第29話 人の理

 この世には、人と獣が生きている。

 大地があり、太陽があり、水がある。

 命を巡らせ、この世は保つ。

 人は獣の一部であり、獣は大地の一部であり、大地はこの世の一部である。

 この世は生きて巡る。

 そして死によって還る。

 この世とあの世。

 過ぎ去った時と今がある。

 神が欲しがった人の世とは、人を含む世の理だ。

 そして理とは、乱れれば、必ず正す働きがある。


「やっぱり小難しいな。それは正しい教えってやつか」

「神と人の境を壊そうとするモノは神ではない。と、この世を支える理が判断したって事です」

「もうちっと普通に話せねぇのか?」

「..悪いことをしたので、他の神が怒りました」

「おぅ、すまねぇ馬鹿な大人でよ」


 今の人の話ではない。

 人神と呼ばれる生き物が産まれた時、この世に新たな理も産まれた。

 善悪の話ではない。

 人神は、死なぬモノであったからだ。

 これは輪に入らぬモノである。

 理の輪に入らぬモノは、異物である。

 輪に入らぬとは、常に喰らうだけで、還らない。


「盗人か」


 そうだ。

 輪に入らないモノは何だ?


「輪?俺は神学はさっぱりだ。坊主、お前、やっぱりイヤなガキだなぁ」


だよ、旦那、死なない人だ」


 私の答えに、初めてカーンは動きを止めた。

 それに頷くと、私は続けた。


 境を越えようとした神は、神ではない。

 神の子供は、神でも人でもない。

 身勝手だが、人もこの世を支える理も、それらを化け物だとした。

 死なないモノは、常に喰らう。

 人を文字通り食べたのか、利を求めたのかはわからない。

 だが、その時の人々は、耐え難い苦痛と恐怖、汚辱おじょくにまみれた。


「簡単に言うと、神の系譜と人の系譜が長く争いました。

 多くの人が死に、死なぬ神の子は、穢れとされました。」

「邪神じゃねぇって言ったが」

「最初に生贄を出したのは?」

「人間」

「その神の子は、誰が作りました?」

「人間だ」

「人が争い、穢れとしたのも人の方だ」

「まぁ今も変わらんな」


 人の世の理から外れた行いによって、この地は穢れた。

 穢れ、境を更に薄くした。

 神だったモノは手を伸ばし、子は手を差し出した。

 そうしていよいよ、この地が瘴気しょうきに覆われ、人が絶えた時。


「救いが来たか、それとも誰かがぶっ壊しに来たのか?」

「英雄譚ではないですよ、旦那」

「何だ、つまらねぇ」

「止めますか」

辛気しんきくせぇ話だが、眠気覚ましに続けろ」

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