第866話 モルソバーンにて 其の五 ②
一番の不思議は、爆破した当人だ。
辺り一面、炎が舐め尽くした状態である。
平然としているが、どうやって爆風と炎を避けたのか。
そこここに転がる死骸は、消し炭のように黒くなり骨格だけが散らばり落ちていた。
見れば、やはり人間の名残があるように思えた。
人に直せば、2匹分で一人か?
悍ましい所業であるが、動揺も違和感もグリモアに呑まれて消えている。
救いは、どのような感情や考えが心にあったのか、もう理解できない事だろうか。
「何処から、こんだけの量がわくんだ?」
瓦礫を蹴り上げると、カーンが這い出してきた。
それには応えず、イグナシオは忌々しそうに炎を睨み続けている。
「アーべラインの糸が見えない。燃えちまったか?」
炎に空気が薄くなり、息苦しさが増している。
私も辺りを見回した。
「街も騒がしいが、どうする?」
イグナシオの問いに、カーンが私を見る。
「街の事は、街の人間がなんとかするだろうさ。
公爵は手筈通りだ。
オリヴィア、お前、何をやった?」
当然の問いに、私は天を指した。
つられて男達も空を見上げる。
「見える。あれが糸か、お前はどうだ?」
イグナシオの問いかけに、ザムが頷いた。
アーべラインの糸は切れず、幅を広めて夜空に漂っていた。
それは炎に煽られるように揺らめき、徐々に漂い降りてきていた。
「見えるようにしたのか?」
私は、観念すると頷いた。
懸念を伝えるべきだとわかっていた。
見えるようになった。
だから、見えずとも良いものが見えるようになってしまった。
今までは無害とされていた事々も、見えれば害となるはずだ。
見えないひとつの事から身を守るために、多くの敵をあらわにしてしまったのだ。
正直に言うのが怖かった。
魔女と罵られるのが、怖い。
忌まわしいと嫌われるのが怖かった。
「後で時間をつくる。
嘘はつくなよ。
まずは先に進もうか、どうせ化け物のおおもとが先にいるんだろうさ。」
雨が血を洗い流し、炎を弱めていく。
時折、思い出したかのように、何かが弾けて壊れた。
街の家々も明かりが灯り、潮騒のようにざわめきが聞こえてくる。
「肩を喰われた様子は無いな」
凪いだ感情が伝わっているのだろう、怪我の確認はしてこない。
「来い」
『動きの邪魔になる』
「もう此奴らにも見える。大丈夫だ、来い」
差し出された腕に身を任せると、首に手を置いた。
高くなった視界は、緋色に熱をためる加工材が良く見えた。
「念の為に、もう一発撃ち込んでおく」
「工房の炉が割れたら、下の家々が大惨事ですよ」
雨で血を濯ぎながら、ザムがイグナシオを止めた。
「穢れは焼かねば」
「下は無人じゃないんですから、団長が言われた通り、程々にしてください。たまたま類焼しなかっただけなんですから」
それからイグナシオの形相を見て、カーンに目配せを送る。
「ナシオ、多分、この糸の先には、もっと焼かねぇといけねぇもんがあるはずだ。
面白いもんがたくさんあるんだ、お楽しみはとっておけ」
その言葉に、何故かイグナシオが私を見た。
「本当か?」
本当だったら嫌だな。
と、思ったが頷いておいた。
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