第672話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑧

 意味がわからず、聞き手のサーレルが首を傾げて黙る。

 それまで口を挟まなかったイグナシオが、仕方なく答えた。


「前時代の支配体制なのだろう。

 つまり、頭領、宗主と呼ばれる一人の支配者がすべてを決める。

 まぁその点はあまり変わりはないが、存在はもっと大きく偉大だという権威付けがなされている。

 王であり神官だな。

 氏族の中の神に使える者で王だ。

 神が後ろだてになるんだ。

 前時代の小国郡の代表者は、普通はそうした神官のような者がなる。

 神の代弁者だな。」


 その注釈にサックハイムは、肯定するように頷いた。


「今の王国の感覚とは違うという事ですね」

「はい。

 だから他の地域の方が感じる違和感は、当然なのです。

 領主、公爵に対して、東の人間はもっともっと重く尊く考えているのです。

 それをどう受け止めるかで、その支配の先行きが変わるのかもしれません。」

「それがシェルバンとの差ですか?」

「我がボフダンの土地柄は、シェルバンと同じなのは否定できない。

 そしてコルテスもです。

 兄弟領地というのは間違いないのです。

 だからこそ、伯父上も案じていらっしゃるのです。」

「貴方のような御親族がいらっしゃれば、ボフダンは安泰でしょう」

「だといいのですが。あの..」

「なんでしょう?」

「厚かましいことなのですが」

「どうぞ」

「もし、これより先ですが、中央からのお調べの際に、シェルバン公爵の氏族の方々がどうしているのかわかりましたら、教えてほしいのです。」

「具体的には?」

「シェルバン公爵の実子とされる御兄弟方と娘様方、それに公爵の御兄弟ですね。」

「それは構いませんが、どういう理由でしょうか?今後の事ですか」

「いえ、実は、どうしていらっしゃるのかわからない方々が数人いるのです。」

「面識が?」

「実子のひとりと、子どもの頃です」


 サックハイムは、微笑んだまま続けた。


「シェルバン公爵の息子のお一人と王都にて、同じ学び舎におりました。」


 彼は微笑んだまま、シェルバンの関壁が続く山並みを見つめた。


「彼は絵画を嗜みコルテス公とも面識がありました。

 とても穏やかな、心根のまっすぐな男でした。」

「その方は?」

「死んだとは聞いていません。

 ですが、もう何年も消息がわからないのです。

 シェルバン公には、幾人もの子供がいます。

 いずれも子としながら、正当な後継者とはしていません。

 己が子でさえ、の人にとっては意味が無い。

 私達は、知りたいのです。」


 正しいと強権をふるう支配者の、何が愚かにさせるのか。

 老いであろうか。

 欲であろうか。

 それとも..

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