第673話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑨

 行きに通り抜けた関まで半日の距離で野営。

 四日目が過ぎた。

 サックハイムの体調を見ながらの旅程である。

 行きの強行軍とは一転して、時間をかけてのゆっくりとした歩みとなる。


 五日目。

 水場での化け物騒ぎはどうおさめたのであろうか。

 遠目に閉じた大門が見えるだけで、様子はわからない。


「完全封鎖の通告をしましたからね」

「人の往来は、そのままだったのですか?」

「シェルバン出身者もボフダンには在住しています。

 親戚もいますし、まったく関わりが無いなど、ありえません。

 ですが、交流は元々なくなりつつありました。

 賊徒が領内に侵入するようになる前からです。」

「いつ頃からです」

「コルテスがシェルバンとの交渉を実質止めた頃です。」

「公主殿下がお亡くなりになった頃ですか。」


 随分と昔だ。

 だが、この感覚は長命種族にすれば、つい先日の事になる。


「今回の騒動にて、我が領地は完全に閉じると伯父上の決定です。

 領内のシェルバン出身者には、個別で故郷に戻るか否かを選ばせました。」

「戻ったのですか?」

「戻れなかったというのが正解です。

 現実的な生活の事もありますが。

 シェルバン以外の生活を知ってしまえば、戻れない。

 そしてシェルバン以外の生活を知っている者を、シェルバンの者がどう扱うか。

 まぁそれでも意思を聞くだけですよ。

 選ばせるだけで、帰す訳では無い。

 情報遮断を一番とし、もし帰郷するを選んだとしても隔離処置ですね。」

「情報漏洩を危惧してですか」

「いいえ。こちらにシェルバンの情報が流れる事を危惧してですよ。

 帰って戻らぬなら良いですが、こちらに呼ばれては困る。

 先にも言いましたが、東の国の人間は強情です。

 人狩り騒動、異端審問、伯父上の裁可を待たずに処刑など行われたら、ボフダンの内部が荒れてしまう」

「荒れる、ですか」

「シェルバン人狩りと称した、人間狩り。

 シェルバン人か否かの審問。

 無意味で無駄です。

 貴方方も知っているように、差別区別に正当性も正確性も無い。

 伯父上は、支配下で己が手を経ぬ、そうした裁きを許さない。

 そして伯父の威を受けた支持勢力は、そうした者共を丸ごと処分するでしょう。

 無駄無意味な騒乱を起こす者は、どの勢力も等しくすべて粛清です。

 そんな事がおきれば、我がボフダンの人口は半分以下に減るでしょう。」


 ボフダン側には、暫定の感染条件は伝えたようだ。

 サックハイムの説明で、イグナシオも成る程と頷く。

 シェルバン領の人間が化け物になる。

 と、いう情報は、何れ拡散する。

 それでも人の行き来を制限するなら、単純な暴力騒動と思われている今だ。

 病、などと一度でも囁かれれば、彼の言う人狩り等の蛮行が横行するのは目に見えていた。


「ただ、シェルバン人でボフダンに定住している者は、元々、内地に戻るつもりは無いでしょう。

 多くがシェルバンにて暮らせず、逃げてきた者ですから。」

「逃亡ですか」

「くだらない話です。

 長命種である事を疑われ、身ぐるみを剥がされた者が多いですね。

 コルテスはシェルバン人の難民を受け入れていませんから、多くがこちら側に流れてきます。

 それもあってボフダン側には自然の領境だけにし、お目溢しをしていたのですが。

 人攫いや盗人までもが、こうも頻繁に来るようになっては、今後も彼らへのお目溢しは戻さないでしょうね」

「シェルバンでは、新たな鉱山開発にて新鉱脈を発見し好景気にわいている。と、聞いていたのですが。」

「たちの悪い冗談か?」


 思わずイグナシオは口を挟んでいた。

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