第674話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑩

 ゆっくりと関の大門へと歩み寄りながら、サーレルは言葉を選ぶように言った。


「ボフダン公爵閣下からは、情報途絶を憂慮している。と、お言葉を頂いております。

 コルテス公とシェルバン公、両公爵領地からの情報が途絶えている。

 正確な情報ですね。

 コルテス公本人の動きもわからず。

 シェルバン公本人の言葉とする流言だけが広がる。

 ですが現実に見聞きできる範囲でも、両領地は何れも不景気でよろしく無い風が吹いている。

 聞こえてくる妄言は、貴方でさえ馬鹿らしく取り合う事も無意味な話ばかりです。

 ですが、コルテスの場合は、ある意味、理由はわかるのです。

 シェルバンとは違ってね。」

「どうしてだ?」

「コルテス公は喪に服すと同時に、敵対者とシェルバンを認定したのです。

 ですが戦にはせずに、断交した訳です。

 当然ですが、そうするとコルテスからの情報も閉じます。

 まぁ最近は、音信不通にまでなっているので、異常事態ではありますね。

 ただ、彼の領地からは、賊徒も化け物も来ていませんから。

 一応、シェルバンの地が一番優先度をあげて調べる事になるでしょう。

 こちらは、ボフダンからの人員を排斥し、領内にいる他人種他領地の者を捕縛、殺害する動きがある。

 王国法から見ても、まぁ見なくとも、どう考えても反逆、反乱の動きありです。

 おまけに化け物騒ぎに、我々への侮辱、病となれば、実に祭りの様相です。ハハハ」


 楽しげな笑いに、サックハイムの顔がひきつる。


「そうなのか?」

「三公爵領地では、元々、技術開発の為の交流人員が置かれています。

 鉱山開発を正しく行う為です。

 コルテスの人員がシェルバンから引き上げた後も、我々ボフダンの技術者は残っていました。

 無闇な開発で、再び、鉱毒被害を齎す事があってはならないからです。

 ですが、そうした人員や駐在特使は、初冬に引き上げました。」

「何があったんだ?」


 それに答えたのは、サーレルだ。

 ヘラヘラと笑い続けながら、彼は関壁の上を見る。


「今日は見張りも見えませんね。

 彼らは純人族以外の人狩りをしたんですよ。

 だから、技術者も交流事業を行っていたボフダンの特使も、一律に身ぐるみを剥いで殺そうとしたんです。

 シェルバンには五年ほど前から、純人族以外を収容する施設とやらができたそうです。

 領地内の純人族を狩り財産を取り上げ殺す。

 血を偽ったとして罰を与えるそうですよ。

 まぁ経済的に困窮して、民から金を奪うのが目的ですね。

 とうとうそれが、他領地の者にまで及んだ。

 それもボフダン公の特使にまでです。

 狂気の沙汰でしょう?

 笑えますねぇ。

 知ってますか?

 今年の王国税は未だ、シェルバンは納めていないのですよ。

 新たな鉱山開発?好景気?

 笑えますねぇ。

 王国中央は、納税もせず民を殺す貴族には、お仕置きをせねばなりません。

 民は財産です。

 ふふっ、納税できぬのなら、その理由をきちんと報告すればよいのです。

 中央だとて、その理由如何では労働奉仕の形で支払いを求める。

 つまり民を戦役や賦役に出すわけです。

 民はね、財産ですから。

 その民を殺す。

 純人族以外?

 ナシオ、わかるでしょう?

 この東で純人族と誰が判断するのでしょう?

 この土地で純人族と証明するのは、誰なんでしょうね?」


 イグナシオは開門の為に訪い、大門に声をかけた。

 応えは小さく、今暫く待てと言う。

 サーレルの憎々しげな笑いを聞きながら、彼は思う。


 神の救いが無い土地だ。

 ここに神聖教の教えはない。

 つまり、種族の名付けを行う神官も巫女もいないのだ。

 誰もが、純粋な長命種などと言ったところで、証明はできない。

 血統など、誰でも偽れる話なのだ。

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