第671話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑦

 ボフダンからの同行者は、サックハイムと名乗った。

 言葉を交わした限り、特に獣人への忌避感は見受けられない。

 彼はひとまず、ボフダン公側の窓口として城塞に入る。

 もちろん、城塞にいる者共の為ではない。

 あくまでも統括直属隊と中央との連携の為だ。

 そういった情報は既に共有済みの事らしい。

 つまり彼はボフダン公の代理人を勤められる立場という事だ。

 身分やその他の名乗りは無いが、公爵の縁戚であり政治にも参加済みなのだろう。

 本人曰く、特に戦闘になったとしても、身を守る程度の嗜みはあるそうだ。


「人族以外の方との接触が、氏族の中では私が一番多いのです。」


 馬を並べての会話から、サックハイムは中央に留学経験があるそうだ。

 商船への乗り込みも一番あり、外交窓口を担っている。

 あの奇矯な公爵に対面したあと、穏やかで気弱そうな青年に外部との対応をさせるのだろう。

 公爵よりは与し易いと油断させる目的か、真実、アレに任せると碌な事にならないと親族が彼を外交窓口にしているかだ。


「伯父上は、商人ではないので。」

「政治家ではいらっしゃるようですが?」

「氏族や五侯爵家をまとめる手腕は尊敬しています」

「難しい土地をまとめるには、相当のご苦労がおありでしょうね」

「苦労はないと思いますよ。」


 馬上にて青年は薄く笑う。

 その笑顔は穏やかだ。


「伯父上は、支配を当たり前と思っています。

 その点、他の地域の方が想像する東の頭領だと思いますよ」

「我々が考えるような?」

「えぇ、強権剛腕。

 伯父上がまっとうな考えの持ち主なので、シェルバンのような事にはなっていません。

 ですが、支配体制は同じです。

 構造的には、ボフダンもコルテスも、皆、一人の頭領、宗主に決定権が委ねられているのです。

 氏族の政治への参画を許しているのは、例外なのです。

 たった一人の頭領がすべてを差配する。

 ですが、叔父上はその害悪も心得ている。

 コルテスも氏族の長を幾人か政治に関わらせ、商売に関しても振り分けた。

 危機管理能力のお陰か、何とか古い体制を徐々に今の状態まで緩めました。

 ボフダンでも五侯爵家や氏族の長も政治の場に置き、商売は氏族に振り分けています。

 もちろん、伯父上自身の自由の為でもありますが。

 それでも東の頭領らしく最終的な決定権を持っています。

 害悪を正しいと伯父上が決定すれば、それが正義となるのです。」

「この国の貴族領では当たり前の事ではないでしょうか?」

「そうでしょうか?

 少なくとも、中央政治には3つ以上の勢力があり、頭領とされる公王陛下が調整役です。

 公王陛下が妥当としても、例えばですが、貴方方獣王家側が否定すれば、政治的にも実際にも一人の意見ですべてが覆される事は無いでしょう。」

「建前では合議制ですからね」

「その建前も無いのです。

 多分、他の領地の方に言っても想像できないかもしれませんが、頭領は言わば神なのです。

 わかってますよ、不敬ですが扱いとしては神に同じなのです。」

「王国は元より階級社会ですが」

「多分、言葉の示す意味が少し違うのです。

 もっと古い意味合いなのです」

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